最近、市の読書なんちゃらコンクールみたいなので表彰された。
読書紹介文。これは夏休みの宿題だった。嫌いな先生が担当している選択科目の。
どうせなら早く終わらして受験勉強したい、それなら自分が読んだ、そして好きな本を選んだ方が早く終わる。
そんな心持ちで、大好きな重松清さんの「その日の前に」を題材にして書いた。
特に工夫したわけでもなく、さして自分でも出来が素晴らしいとも思うでなく、
強いて言うなら補足する絵を、いつものように勉強の息抜きに遊びながら描いただけだった。
それがコンクールに通って優秀賞だなんて聞かされたのは10月。
なんだかザラッとした気持ちだった。
もちろん賞をもらうこと自体は嬉しかった。でも、素直に嬉しいと思えなかった。
なんで頑張ってもないのにこれが評価されて、どうして頑張ったことは評価されないんだろう。
これより頑張ったものなんて数えられないくらい、ある。そしてそれは評価されないものだった。
友達にすごいねなんて言われても、好きな先生におめでとうと言われても、満たされない。
私が凄いんじゃなくて重松清さんが、凄いんだよ、なんて、思ったりして。
母はあっけらかんと「そーゆーもんじゃない?賞とか評価って」と言った。
たぶん、私は何かにこだわってたのかもしれないかな。でもそうやって思うのはまだ少し寂しかったり、する。
分かんなくていいと思う。それがてぃってぃの良さってもんじゃないかな? もし、そいつに気づいて前面に出して描いた作品は悪い作品になるかもね。