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サーカス小屋 #ブランコ乗りのルイス・キャロル

 愛してるわ、ルイス。

 その言葉を脳内で君の声に変換するなんて、僕ぐらいにしか出来ないんじゃないかな。それは誇らしいことだ。
 「僕も愛してるよ、アリス」
唇と一緒に両手を動かす。我ながら手話も上手くなってきた。
 君のあどけない笑顔が咲く。首を少し左に倒す癖が愛おしくてしょうがない。
 生まれてこの方ずっと耳の聞こえない娘に、ブランコ乗りを勧めた団長は何を思ったのだろうか。音楽も、カウントも頼れないのに、どうしてよりによってペアでの演技を。
 尋ねたことはなかった。「じゃあ、違う人にしようか」と言われる気がして怖かったのだ。彼は簡単に困っている人を拾ってきて、簡単に捨てる。飴と鞭なんて言うと聞こえはいいが、上げて落としているだけなのでタチが悪い。

 ルイス・キャロルの名を襲名した時、背の高い団長の影に隠れてやってきた少女はずっと笑っていた。目元を少し緩ませて、口を横に引き伸ばす、お手本のような笑顔だった。
 「この子がお前のパートナーだ。互いの命綱は互いが握っている」
彼は無機質な声でそう告げた後、口元だけを意地悪そうに歪ませ、「お前も一度、人を愛してみろ」と笑った。
 僕は君から恋を教わり、君は僕から愛を受け取った。ただ耳が聞こえないだけの君は、音だけでなく愛も知らなかった。

 100人を超える観客と、十数人のサーカス団員が閉じ込められている薄暗いテントの中。僕らが二人きりになれる場所だった。
 空中ブランコに掴まって、君と目を合わせる。その瞬間、僕らは本当に僕らだけになれた気がした。
 君の両手を受け取って、二人の体が弧を描く。この重ささえ心地いい。そして次は君が僕を支える。全てを君に委ねる。何も怖くない。
 君は僕の手を離した。

 午後11時のサーカス小屋、空中ブランコにぶら下がったアリスは声高らかに宣言した。
 「私がルイス・キャロルよ」
あれほどはっきりと話す彼女の声は、誰も聞いたことがなかった。静まり返るテントの中、長身の団長だけが口元を歪ませていた。

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