分かれ道に差し掛かる。選んだのは、奥にアパートがある左の道。アパートの2階への階段を駆け上がり、元来た方へ振り返る。
気配の正体はアパートのすぐ前まで迫っていた。濃紺のがさがさした毛皮、身体中についた縦長の瞳を持った眼球、人間のそれを思わせる数対の腕、道路の幅いっぱいに詰まるほどの巨体を持った、見るからにこの世のものでは無い化け物が、全ての眼を私に向けていた。
(……あんな大きな化け物だったのか……。最悪、ここで何とか躱せないかと思ったけど、あいつの大きさ的に無理かな……)
化け物はアパートの前で立ち止まって、私の方をじっと見ている。あんな執拗に追いかけてきた割に、意外と敵意が無いのか?
そう思っていたら、突然化け物が腕を何対かこっちに伸ばしてきた。2階の廊下を走り抜けて回避したけれど、行き止まりでこれ以上逃げられない。さあ、覚悟を決めろ。
「……よし、来いっ」
化け物が残りの腕もこっちに伸ばしてきた。タイミングを合わせて廊下の手すりを乗り越え、化け物の背中に飛び降りる。化け物の背中は意外と弾力があったとかそういうのは良いとして、何となく気持ち悪かったので目玉を避けて背中を飛び降り、家の方に逃げた。あの身体の大きさならすぐに追っては来られないだろう。
家の前では相変わらず黒い人影が待ち伏せていたので、素通りして入り組んだ住宅地に繰り出した。狭い道の多いこの辺なら、あの化け物は上手く追っては来られないだろう。
そう思っていると、またオバケに会った時の感覚が全身に走った。びくっとして周囲を見回したけれど、周りに嫌な気配は何も無い。
「……あれ、もう終わり……?」
恐る恐る家に引き返してみたけど、何もいない。
「何だったんだろ……」
とりあえず、さっきあったことは忘れて家に入った。何も起きない。やっぱり家はリラックスできる場所じゃ無きゃ。