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殿堂入りメモリアル

ちょっとマニアックなんですけどずっと忘れられないのが小5(か小6)の理科の授業で顕微鏡でメダカの卵を見たんです。普通に見るとただの透明のつぶつぶにしか見えないんですけど、顕微鏡で見た時その卵に血が流れていて。血流?というか脈??そのサラサラサラ〜って感じに感動して、あぁ生きてるんだなあって思って。あの時間はリプレイしたいくらい感動的な時間でした。

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  • 長文のレスありがとうございました。
    深い内容に思わず考え込んでしまい、返すのが遅くなってしまいました。

    諭してしまいましたかね笑
    僕だってまだまだ思考の途中ですよ笑
    もっと詳しく言えば
    辛いものと、違うものと向き合って考えて、それを言葉にしてるだけです。その言葉を少しでもアップデートできるように、より多くのものを知ろうとしてる。
    そんな感じかな。

    「違う価値観」っていうのも
    価値観そのものや、それを唱える人だけじゃない
    その価値観が基準になって作られたものや文化、慣習だってその対象です。
    わかりやすい所で左利き用の文具とかがありますよね?
    全部の根幹に価値観や、育ち、歴史があって、辿れば必ず原点がある。
    原点から向かう方向が違うから、いつまでたっても離れるだけ、相手が相手の方向に進めば進むほど違いは広がるから耳障りになるのも仕方がないんですよ。
    その実態を、距離をきちんと理解してそれを踏まえて向き合う。できるなら歩み寄る。それが「受け入れる」ことだと思います。
    だから僕に言わせれば
    「受け入れる」方法も人それぞれでいいんだと思います。

    僕の受け入れようとしてる姿勢を素敵と言ってくれましたが、僕の姿勢だって他の人に言わせれば
    「事象を噛み砕いている時点で正しく受け入れてない」
    「価値観そのもの以外から学んだ考えなんて推測に過ぎないまがい物だ」
    そう言われてしまうことだってあるでしょう。
    真に全部を受け入れるなんて仏の所業です。
    現世に生きるなら受け入れられないことも当然あるだろうし、損益的には対立することだってあるだろう。
    だから僕は噛み砕いたり、消化した。
    けどそれが必ずしも正しいわけじゃない。
    でも多様性を詠うなら、認めるならせめて、
    色んな価値観が混在する多様性の世界を否定せず、自分の受け入れられる範囲でいいからより多くの価値観を俯瞰し、より建設的に人や文化、慣習と向き合って欲しいです。

    それが真に「受け入れる」ことだと思います。
    そう信じてます。

    この考えを受け入れるかどうかだって
    真夜中の音楽隊さん次第でいいんです。
    少しでも前に進むお手伝いが出来たら幸いです。