モスクワを出てから一時間、サプサン号はトヴェリを通過した
そしたら、彼女が一言「さっき言ってたタシュケントの花って何なの?」と訊く
「少し悲しい歴史の話も入るんだけど,旧ソ連構成国だった中央アジアのウズベキスタンの首都、タシュケントには日本から贈られた花があるんだよ。」と軽く話し始めると、彼女が「もしかして,ナヴォイ劇場の建設で殉職した日本人のお墓に植えられている桜のこと?」と食いつく
「そうだよ。まぁ厳密に言えば、日本人墓地だけじゃなくて向こうの中央公園にも桜は植えられているそうだけどね。さっき調べてたんだけど、中央公園の桜、満開だけど所々葉桜があるね」と言って画像を見せる
「この白っぽい桜、滅多に見たことないなぁ」と彼女が一言
「どれ?これ?ソメイヨシノじゃん」「知ってるの?」「知ってるも何も、東京じゃ一般的なんだよ。江戸時代に今の東京で生まれた品種なんだよ。」なぜかロシアにいるのに東京談義が始まる
「東京って意外と歴史もあるし、何でも揃ってるんだね。地元の九州とは大違い」と彼女が自虐気味に笑う
そして,俺も自虐気味に笑って反論する「まあでも、俺からすれば福岡の方が魅力的さ。東京にはないものがあるから」「東京にないもの?海も城跡も山も島もあるでしょ?何がないの?」「君がいない」と真面目な表示に向き直ってそう告げる
「そんな表情されたら、私戦力外なのかと思っちゃうよ」と笑われる
「戦力外ってwプロテクトならまだしも、戦力外なら俺がされるのかと思ってた」と笑い返す
いつのまにかプロ野球の話になり、2人で談笑しているとあっという間にネオルネッサンス様式の駅に入線した
駅名標にはМосковскийと書いてある
貴族文化と芸術の花咲く北の港町、ペテルブルグに着いたのだ
街に出て,彼女に囁く
「これがネヴァ川につながる運河なんだけど、君ってこの水面に映る夕陽よりも綺麗だね」
その瞬間、彼女がはにかみながらも笑う「私の顔がレニングラードになっちゃった」
「俺はどれだけ大変な状況でも、千日経とうと何万日経とうと、一生添い遂げるだけさ」とこの街の歴史に絡めて一言返す
その瞬間、お互いに言った短いワンフレーズは潮風にかき消されて聞こえなくなった