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8月15日の縁側

 あれから七七回目の夏。日本で戦争が終わってから、日本が戦争で負けてから七七回目の夏。
 蝉の声がやかましく響き、草木は深緑に萌え、蒼天に輝く太陽は地上を焼かん勢いで照らす。少女は縁側でくつろぐ。
 何という事はない、いつもの夏。
 しかし今年は少し違った。
「いやあ、今年も暑くなったみたいだねぇ」
「あづいよー。くにあきはあつくないー?」
「全然。俺もう死んでるから、外のことは関係ないんだね」
「ええーずるいよう」
 今年は曽祖父、邦明が遊びに来ている。七七年前に内地から遥か遠く離れた土地で戦死した曽祖父だ。陸軍の第一種軍装に身を包んだ、敵意の全く感じられない優しい顔の男だ。
 彼は仏壇に供えてあった缶入り桃ジュースを手に、少女の隣に腰掛けている。手にしていると表しているが、正確にはそれは缶の魂で、実際の缶を持っているわけではない。ただ、魂のみの、つまりは幽霊になったそれを飲むことはできる。仏壇に置いたものが何か物足りないような味になるのは、この為である。
 今年の春に小学校に入学した少女も、同じく仏壇のパイナップルジュースを手に、細かい花柄のワンピースをひらひらさせながら素足をばたつかせる。こちらは本物の缶ジュースだ。
「そうだ、睦葵…….父ちゃん居るかい?」
「んー?いるよー。さっき山のおはか行ったー。あとちょっとでかえってくるよ」
「そうかい」
「うん。でもあたしも行きたいって言ったけど、あついからまた今度だって」
「そうだね」
 会話をしながら少女が邦明の手元を見ると、缶のつまみを本来と逆の方向に引っ張っていた。少女は不思議そうに、教えるように自分の缶を見せながら開けた。邦明はバツが悪そうに笑って開けようと試みた。が、
「おわっ!」
挑戦むなしく開けた時の衝撃で中身を盛大にぶちまけた。中身は三分の二ほどに減り、袖を濡らす羽目になった。

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