「あっはははは!くにあき下手くそ!」
「ううう、今のものは難しいね……」
「ずーっとあったよ」
「俺の時はなかったよ」
「えーうそだあ」
「本当だよ」
そんな他愛もない会話をしていると、「今帰った」と不愛想な男の声と共に、後ろの障子が開いた。
「あ、おとーさんおかえりー」
少女の父親、睦葵だ。オリーブ色のTシャツにジーンズという、ファッションに無頓着な彼らしい服装だ。
「誰かと話していたようだった。友達でも来ていたか」
睦葵は表情一つ変えず、仏頂面のまま娘に尋ねた。別に怒っているわけではなく、それは少女も邦明もよく分かっていたので気に留めず、質問に答える。
「ううん。くにあき来たの。まえ神社行ったときに会ったでしょ?」
「……そう、らしいな。だが僕にはもう見ることができない」
「なんでー?」
「……僕は、深層のものを見るには様々な経験をし過ぎた。それに、もう多角的な視点を持つことは難しい。固定観念を知り過ぎた」
「う?こてー……?」
「あ、え、ごめんな、難しい話をした」
「うん。むずかしーのあたし苦手ー。どーゆーこと?」
「そうだな……ええと、取り敢えず、邦明さんは今は居るのか」
「いるよ。さっきジュースまいた」
少女は邦明を指した。勿論睦葵には見えていないが、そこにいることはよく伝わった。
「そ、そうか。毎年来ているのか」
「毎年じゃないよ。今年が初めて」
「なんだ、三十年も経つのにまだ一度も来ていなかったか」
「う?」
「いや、何でもない」
「そう?」
その後睦葵は三秒ほど考えた末に、こう伝えてくれと少女に告げた。
「『じいちゃん、ありがとう。取り敢えず今は楽しいから。心配しなくていい』って」
終