月に取り押さえられた人影はしばらく手足をじたばたと振り回していたが、身体の上に座られ、両腕を膝で、頭部を片手で畳にめり込むほど押さえつけられ、全く逃れられる気配は無い。
「ほれほれ大人しくなー。さっさと本体出して」
月が言うと、部屋の奥の壁に瘴気が集まっていき、遂に怪異存在の本体が姿を現した。
壁から生えるようなそれは凡そ痩身の人間の上半身の形状をしていながら、現れている部分だけで全長は3mに近い巨体であった。異様に長い腕には一般的な人間より2つ余計に関節ができており、片方の掌につき4本しか無い指は、球関節にでもなっているのか滅茶苦茶な方向と角度で折れ曲がっている。また全身の皮膚は青白いにも拘わらず、熱を発しているのか全身から湯気が立ち昇っており、ところどころに金属光沢を帯びた鱗のようなものが生えている。頭部では長く鋭い牙の並んだ口が耳まで裂けており、頭蓋全体を血走った無数の眼球が覆い尽くしている。
「うんうん、これは食べ応えありそう。鬼、来ぃ」
月がそれを恐れる様子も無く虚空に命じると、彼女の足元から別の人外存在が現れた。
およそ八尺、天井と比較してやや高すぎる背丈を折り曲げ、金色の瞳を具えた両の眼で化け物を睨むのは、赤い皮膚と分厚い筋肉に覆われ、額から二本の太く短い角を生やした、まさしく『鬼』と呼ぶべきモノだった。
「私はこれからしばらく食事に入る。その間この場を持たせておけ」
その言葉に従うように、鬼は一声短く吠え、化け物に肩から突進していった。