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一話 浜松の軍需工場にて

「あなた、新人さんですか」
「ええ、芝野といいます」
「あら、ご丁寧にどうも。わたしは田山」
「田山さんですか。ところでここは、前は違う工場じゃありませんでしたか。何だったかしら、ええと」
「ピアノですわよ、ピアノ。昔からわたしここで仕事してましてね……」
「それは素敵ですわね。私もそのうちに来たかったです」
「誰も飛行機造るようになるとは思いませんですよ。あなた、若いわね。ご結婚は」
「してませんの。結婚もしてないで、こんなところに来てしまったんですよ。婚約者がいますが、今は満州に……」
「あら、それはお可哀想に。わたしの夫も満州に。彼は音楽家を……丁度ピアノをやっていたんですけれどね、徴兵されて。あの人、可哀想に、今はピアノ弾いてた腕で鉄砲持っていますのよ、わたしたちはピアノ工場で戦闘機造って、こんな皮肉なことないわ」
「私たちって、本当に日本の平和のために働いているんでしょうか」
「あら、そんなことを言ったのは誰ですの。みんな天皇陛下のために戦っていますのよ。平和のためにできることはね芝野さん。祈ることだけですのよ」


                         終

  • 第二次世界大戦
  • 超短編集『残滓』
  • 芸術だけは犠牲になってほしくなかったなァ
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