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輝ける新しい時代の君へ Ⅴ

 数十秒経って、少年が口を開いた。
「一年ごとにとくべつにやることってあんまりないから」
「エ、色々あるじゃない」
「たとえば?」
「例えばね、誕生日とかは分かりやすいね。あと年末年始もあるし、端午の節句と桃の節句も大事だ。正月は流石に俺も仕事は休めたね」
 少しだけ楽しそうな男の横顔をジッと眺めて固まった。それに気が付いた男が少年に顔を向けて、朗らかな微笑を浮かべたままいささかばかり首を傾げる。少年はそれで思い出したように話し出した。
「あ、たんじょうびと正月はあったかも。たんじょうびは、おめでとうって言われた。正月にはうちのかみさまにあいさつする。でもどっちもお母さんもお父さんも夜しかいない。もものせっくと、たんごのせっくもお父さんとお母さんいない。しごとがたくさんあるから」
 折角考えた話す内容を忘れないように早口で並べ立てた。
 少年は先程までと変わらず、無表情で言った。少年はこの状況にあることが別段寂しいと思ったことは無いし、同世代の子供と関わることが少ない彼が一般的な状態など知る由もないので変だと思ったこともない。だからこれは状況報告に過ぎなかったのだが、聞いていた男は途端に慌てだした。
「何てこった……ウウ、これ……」
 最後の方はよく聞き取れなかったが、男は呟きながら後頭部を掻いて考えあぐねるような顔をした。
「ええっと、おばさんの家でも他には何もないのかい」
「あったけど、忘れちゃった」
 少年は首を数度傾げて答えた。
 確かに子供の、しかも未就学児の記憶力ならその程度なのかもしれないが、大したことをしていなかったから覚えていなかったのだと考えることも十分できた。
男は小さく唸ると「何かごめんね」とばつが悪そうに笑った。少年にとってはよく分からない内に相手が悩み始め、よく分からない内に謝られるという、今の彼の脆弱な情報処理能力では処理に困る状況だ。どう反応していいか分からなくなって、ただ一度、何も言わずにコクリと頷いた。

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