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輝ける新しい時代の君へ Ⅸ

「いいとおもう。べつに」
  少年のいつも通りの口調で言ったその言葉に、男は顔を上げた。少年は本当に、それでも良いと思っただけだった。彼にはまだ話の意味も男がどんなに苦しんでいるかもよく分からないし、他人の気持ちに寄り添う能力も乏しい。しかし何となく、別に良いと思った。
「ぼくもたまにな、さびしいってほんとうはおもったりするんだ。おじさんのとはちがうとおもうけど。ぼくも、きくだけならできるぞ」
 いつも通りの何を考えているか分からない顔で、いつも通りの心地良い風に黒く細い髪を揺らし、いつも通りの住宅街の狭い青空を睨む。その間、男の方を見ることはなかったので、彼が何を思っていたかもどんな顔をしていたかも分からなかった。別段興味があったわけではなかったし、それに何となく、知る必要はないと思っていた。
 今振り返ると男は困惑していたと思う。六歳児に愚痴を聞いてもらおうとしている自分に嫌気がさしたと思う。しかしきっと、彼の話を聞いたのは正しいことだったのだろう。
 男は自分の中で折り合いがついたのか、再び俯いてゆっくり話し出した。
「俺、本当はずっと言いたかったよ。死にたくないってね。妻や子供のためなら死にたくなかったよ。普通に考えれば分かった筈なんだよ。死ぬのが無駄どころか、損害にしかならないって。でも考えなかったから。考えることそのものが無駄だったから……」
「……」
 少年は何も言わず、微動だにせず、ただ雲一つない空を睨んでいた。
「あー、えーっと、ごめん」
 男は項垂れたまま、焦り気味に軽く謝罪した。
「おお」
 それに対し、考えられるだけ考えた結果、短く生返事をすることになった。
 少年には男が三十代から四十代位に見えていたので、戦争に出ていたことを意外に思った。確かに五十代だ、六十代だと言われればそう見えるような気がする。ただ、五歳児の年齢感覚だ。到底信用できたものではない。

  • 戦時下って思考力低下しそうね……
  • でもいつの時代もそうなのかもしれん。程度の問題よ。
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