地につかない足をフラフラ不規則に揺らしていると、男がにわかに顔を上げた。
「なんだ、きゅうにうごくとびっくりするだろ……」
「ア、ごめん。さっき、変な話してしまったものだから、明るい話したいなって思ったん
だ」
「いいんじゃないか」
「明るい話ってどんなかなァ……ダンゴムシと全裸で一時間睨み合った話とか」
「なんでそんなことになるんだ」
「それがね……」
そして何事もなかったかのようにおかしな話をして、明るい雰囲気を無事に取り戻し、先程の話が頭の中でいささか引っ掛かっていたものの、何事もなかったように別れを告げた。
三週間もすると、毎日のように雨が降る時期に差し掛かった。朝から嫌に重い雨が、生温い空気とともに黄色の傘を叩く。少年は涼しげな薄い青色のスカートが濡れることを懸念してはいたが、雨天が嫌いではなかった。不規則に傘に当たる雨粒の音、長靴が水溜まりを踏む音、家の屋根や紫陽花の葉が奏でる音。止めどない降水によって悪くなった視界のおかげで感覚を集中し、それらを満喫できる。こうして考えれば、蒸し暑いことは別段苦ではなかった。
それに、少年には行く場所がある。毎日三十分だけ会える、年の離れた友人のもとだ。
昨日は彼の好きな芸人の話をしてくれた。一昨日は貸した三円が三円分のキャラメルとシベリアになって返ってきた話をしてくれた。その前の日には酔った勢いで褌一つで上官(彼は中尉だったという)の部屋に出向いて営倉に入れられる羽目になった話をしてくれた。
今日はどんな話をしてくれるのだろうと、あの時は気が付いていなかったが、少年は自分が思うより楽しみにしていた。雨の重さに反して少年の足取りは軽かった。
しかし少年が公園に着くと、あのくすんだ緑色の服を着た坊主頭は見当たらなかった。
雨が降っているので遅くなっているのだろうと思ってベンチに座って待つ。しかし十分経っても十五分経っても来ない。