遂に男は来なかった。
この時は何か用事があったのだろうという持ち前の楽観的観測によって、男には会わないまま帰っていった。
しかしこの日から、男はいつまで待っても来ることはなかった。降り続く好きな筈の雨も段々と重く圧し掛かるようになった。態度にも顔にも表れることはなかったが、少年は自分が思うより残念に思っていた。
雨が嫌いだから来ないのかと一瞬思ったが、何も言わずに来なくなるなんて、そんなことを彼がするはずがないと確信していたので、仮説はアッサリ頭の中から排除された。それとも彼の身に何か不幸があったのではないか。
不安は日に日に増していた。
雨は一週間と三日、降ったりやんだりを繰り返した。運が良いのか悪いのか少年が出掛けていく時はいつも雨が降っていた。しかしそれも昨日で終わり、蒸し暑いことには変わりないが、雲の切れ間から日の光がクリーム色の無数の線となって地上を照らす。どんよりとした灰色の雨雲も、その時は後光が差しているようで、やけに神々しく見えた。
今日も居ないだろうとは思ったが、あの公園に行くことは、以前から数少ない一日のルーティーンに含まれる大切なイベントの一つだったし、何より男にまた会いたかった。
いつものベンチに向かうと、
「よっ。久し振り」
男がニコニコして座っていた。
あまりに変わらない態度に、昨日も一昨日も会って話していたのではないかという錯覚に陥って「よ」と、簡易的な挨拶をした。
「いやーごめんなー何も言わずに出てこなくなって」
「いや、えっと、うん……あの、なんで……」
少年は男の軽さに、今まで感じていた喪失感や焦燥感を持て余し、言葉も出なかった。訊きたいことも話したいことも三十分では足りない程にあったのに、全て頭から抜け出てしまって、かろうじてそれだけ言葉にできた。
そんな戸惑う少年に反して、男はいつもの調子で微笑んだ。大人の余裕を見せつけられたような気分になって、少しだけ悔しくなった。
「はは、俺丁度この時期の雨って苦手なんだ」
「なんでだ」
「エエ、難しいこと訊くね」
男は純粋で大きな瞳から目をそらして余裕の見えた笑顔を苦笑に変えた。
「俺が……いや、この頃の雨ってジトジトして嫌な感じするだろ。暑くってね」