「どうしても会いたくなったときは、九段下の神社に来るといい。そこできっと、待ってるからね」
そういうと少年は少し落ち着いて「くだん……?」としゃくり上げながら反復した。
「そうだよ、九段下。来るなら四月の始めが良い。あそこはね、桜が大変綺麗に咲くんだ。お花見にピッタリだね」
変に明るくおどけた。
別れ際まで道楽的な男の発言に、涙を流すのも変に思えてきた。最後に、少しだけ笑えた。
「わかった。じゃあまってて。ぼくぜったい、行くからな」
「うん、待っているよ」
「うん、今まで、ありがと。……じゃあ……」
じゃあね、と言おうとしたが、これで終わりだと思うとまた涙が込み上げてきて、泣き出してしまった。
ひとしきり泣くと、心が決まったようで、早口で「じゃあな」と言ってサッサと踵を返した。
公園を出る直前、振り返って赤くなった顔で、涙をこらえて、なるべく通常通りになるように発声した。
「まだ訊いてなかったけど」
「何かな」
「……名前!」
「名前?」一瞬何のことか分からず、怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い出した。
「そういえば。俺は……邦明、幸田邦明だ」
「ぐうぜんだ。ぼくも同じみょうじ。幸田睦葵っていう」
「むつき……うん、良い名前だ!」
「おじさんも」
最後にそれだけ言うと、少年は来た道を戻っていった。
それ以来、少年が男に会うことはなかった。
会えなかった。