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憧憬に泣く 5



 STI寮第3棟、204号室。まだ入学して間もない少年が一人、ベッドの上で膝を抱えたまま震えていた。
 一年生の寮は基本的に四人部屋で彼の部屋も例にもれないが、彼がこの状態になってからは寝る時以外はルームメイトは戻ってこなくなった。勿論鬱的な状態の人間を見ることの嫌悪感はあるが、和樹を知る者は、彼のことが嫌でも思い出されて気が滅入ってしまうのである。
 一日目のうちはルームメイトも善を元気付けようと努めたが、それも徒労で諦めてしまった。
 帰ってきたときも善を刺激しないように静かに扉を開けて、向かって左側にいる彼を横目で見ながら静かに用を済ませ出ていく。
 それ故、ここ数日善は本当に孤独であった。

バァーンッ!

 寂寞の中に破裂音のような轟音が響いた。
 暫く同じ様子だった善も流石にそれには驚いて、音のした方、部屋の入口に素早くかっと開いた目をやった。
 扉が開いたのだ。
 大きな音を立てて、誰かが入ってきたのである。
「へい新人、久し振りだな、元気してたか!」
 そしてゲームセンターのアーケードゲームコーナーで会話するときくらいの大声で、見るからに元気ではない善に、その闖入者は挨拶した。
 一時間弱前に少年と娯楽室で話していた青年であった。
「……部隊、長?」
 善は唖然としてそう漏らした。挨拶には一切反応しない。しかし少し顔を上げたので顔を見ることはできた。
 部隊長は善の顔を見つめると、拍子抜けしたというような顔をしてずかずかと善の前まで歩み寄る。そして驚きで目を見開いたままの善の顔に目前十数センチというところまで近付く。
「善お前、泣いてないんだな。まだ一度もか」
 善の顔には水滴などはついていないどころか泣き腫らした様子もなかったのだ。普通、ここまで参っていると少しでも泣くものだが、彼にはそんな様子はない。善自身も部隊長の問いにぎこちなく首を横に振った。
 すると、部隊長は訝しげな表情を苦笑に変え、手を縮こまった少年の頭にやろうとした。しかしハッとして手を引っ込め、口を真一文字に結んだ。

  • 鏡界輝譚スパークラー
  • 遅れてすみません
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