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憧憬に泣く 8

「俺はダチの死を知って十分後にはケロッとしていつもの業務に戻ったんだ。今だってあいつの死をどうとも思ってない。悲しくないし悔しくない。――だって、あいつのことはもう忘れちまったんだからな。
……あれからずっとそうだ。死んだダチは全員いなかったことにした。あいつらが仲間だったことは覚えてる。でも全然そんな実感がねえんだ例えるなら、『お前の生き別れの妹だ』って言われてブロンド美女の写真見せられるような感じだ。もうあいつらとの思い出は1つも思い出せねえ。姉貴が死んだときに何も思わなかったのは流石に自分でもビビったぜ。
今俺は、誰が死んだってなんとも思わねえ。現実を見ないことにしちまったからな」
 そこまで一気に話すと、善の反応を待った。しかし実際より小さく弱々しく見えるその少年は少しも動こうとしない。ただ、部隊長の襟にある手には一切の力がなく、少し後ろに下がっただけで勝手に外れそうなほどになっていた。
 いまだ説得に成功しない状況に部隊長は戸惑っていた。正直、自分で言っていながら説得になっているのかは甚だ疑問である。思いついたことを後先考えず連ねているからだ。
 でも今はとにかく、善に分かってほしいことがある。その衝動に駆られて止まらないのだ。
「なあ善。お前は強いんだよ。現実と向き合って苦しんで、そうやって得た信念ってのは実力行使じゃどうにもならねえくらい強い。俺はもう本気で人を救うことはできない。心が死んじまったなんてのは言い過ぎだが、まあ、死に対する感情は専らなくなっちまったわけだ。そんな人間が人を救おうとしたところで、救える命も切り捨てちまうのがオチだ。だから、つまり、俺が言いてえのはな――」
 部隊長は少し照れくさそうに言うのを躊躇ってから、思い切り良く言った。
「お前は俺なんかよりずっと、この仕事に必要なんだ」
 それが今、善に1番言ってやりたいことだった。

  • 鏡界輝譚スパークラー
  • あと2話で完結
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