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Trans Far East Travelogue45

慣れ親しんだ都を離れ南に向かう前夜、荷造りをしているとスマホに写真が届く。
思わず「いや〜懐かしいなぁ」と笑うと嫁が「何?昔のお友達?」と訊いてきたので「そうだね。君に恋してすぐ,受験に失敗してフィリピンへ留学行ったことがあるんだ。その時の日本人の同級生からね。皆俺と同じで当時は18、19の年でしかも皆首都圏出身でさらに着いた日が1番早い奴が1人,その1週間後に俺ともう1人,そして俺達の翌週に色々あって他の学校に途中で移った奴が着いた。俺と先に来てた奴が同じコースでクラスメイトになりその後2人も合流して歳の近い男4人仲良くなった。一番最後に着いた奴が相性良くて休みの日はいつも一緒だったんだ。ソイツが初めての休み、向こうじゃもう酒呑める歳ってことで近所のバーに連れて行ってもらう筈の先輩に置いて行かれて俺と2人翌日呑み行ったのから始まり、2人でサンセットクルーズツアーに行き引率のスタッフで日韓両語に堪能な人が主催者含めほとんど韓国人ということで韓国語で説明したのをハーフでどちらも分かる俺が同時通訳して通訳いらなくしたり、3タテ不幸4連発事件を目撃させちゃったこともあったな。先生の異動で俺達のキャンパスに集まっていた先生がもう一つの方に行ってしまって枠が残ってなかったソイツは他の学校に行ったんだ。でも,関東4人組の帰国のタイミングが同じことを知って送別会に誘ってその思い出のバーで集合したんだ。そしたら、同じタイミングで帰る日本人が大勢いてみんなで飲みながらその日のナイターの経過を話し合っていたんだ。すると、遅れて合流してきたその別の学校にいた奴が着いた瞬間、巨人はサヨナラホームランで試合終了となり興奮して追加のボトル5本1人で空けてサービスで出た強めのカクテルも飲み干したんだ。その寮で過ごす最後の夜だったし俺以外の3人は皆日付変わってすぐの便で帰国だったから俺が校門前でみんなを見送り、中東の学生と紅茶飲んでデーツ食べて月を見ながら語り明かした。コース違いで接点がなかった日本のJDもその話に交じってたんだけどその人が撮ったその晩の写真が他の3人に来て俺に回ったらしいな」と答えると「思い出話、明日の夜聞かせてよ」と返ってきたので無言で頷く。
そしてベランダへ行き当時と同様に唱歌『ふるさと』の一節を口ずさむ。
当時の晩と同じ、十三夜の朧月が濡れて滲んで見えていた。

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