人影が遂にその手を宙に持ち上げ、自分の顔に触れようと伸ばしてきた。あと数十㎝で奴の手が届くかというその時。
「やめとけよ化け物」
男声とも女声とも取れない、中性的な声が背後から聞こえてきて、影の動きも止まった。反射的に振り返ると、街灯に照らされて1人、誰かが立っている。
オーバーサイズのパーカーで顔と体型は隠れていて性別は分からないけど、自分より少し身長の低い、多分結構若そうな……。
「ほら、そっちの君。早く逃げなよ。『それ』、結構危ない生き物だよ?」
『誰か』は人影を指しながら悠然と歩いてこちらに近付いてきた。
「……何ぼーっとしてるんだよ。仕方のない奴め」
『誰か』は自分の横を通り過ぎ、人影の前で立ち止まった。
何をするのか見つめていると、動きが止まったままの人影の腕に手をかけた。
「なァー頼むよ、ここは私の顔を立てちゃくれないかね?」
人影は『誰か』の問いかけには答えず、空いたもう片手を伸ばしてきた。
「へえ、そうかい」
『誰か』が、人影の腕にかけていない方の腕を素早く振った。その瞬間、人影が今伸ばしてきていた腕が切り落とされたように、ぼとり、と地面に落ちた。
「ほら君、まだいたの。逃げるよ」
『誰か』はそう言って、自分の手を掴んで人影のいるのと反対側に走り出した。