時、11時22分。場所、老人の家。
昨日の夕食から魚を食べさせてもらえていたこともあり、ダメージの回復は順調に進んでいた。少しなら立ち上がって歩けるようになったので、家の中を歩き回って運動能力の回復・維持も並行することにした。
廊下を往復していると、玄関の引き戸が勢い良く開いた。あの老人は扉に鍵をかけるということをしないのだ。
扉を開けたのは、40代後半程度と見られる中年の男性だった。この漁村の住人だろう。男性は慌てた様子で、海に妖怪が現れたと言った。彼の話す内容からして、おそらくインバーダが現れたのだろう。
しかし、彼は『インバーダ』ではなく『妖怪』と言った。つまり、この漁村はインバーダ、並びにモンストルムを知らないということ。モンストルムとインバーダ対策課の守護は、この漁村に届いていないということ。
老人は中年男性の言葉を聞いて、玄関に立てかけてあった鉈を手に家を出た。
たしかに彼は漁業従事者なだけあって、痩せこけているようで全身に無駄なく筋肉が付いており、実戦に出てもそれなりに良い動きができる事だろう。
しかし、相手はインバーダ。しかも、中年男性の話から推測するに、全長約十数mの中型。軍事訓練すら受けていない一般人に、どうこうできる相手では無い。
だから、老人に申し出た。わたしも連れて行ってくれと。当然、老人はそれを許さず、わたしには大人しく寝ていろと言いつけて出て行ってしまった。
そして当然、わたしもそれに従う訳は無い。彼らと20秒ほど時間を置いて家を抜け出し、海岸に向かう。
大蜈蚣のような外見のインバーダを、村中の漁師が手に手に武器代わりの農具を持ち、追い返そうとしていた。決して力のあるわけでは無い、それどころか非力とさえ言える人間が、決死の覚悟で勝ち目のない脅威に立ち向かっている。肉体が戦闘に堪えられなくとも、わたしの能力が彼らを救う以外の選択肢を取らせてくれなかった。