そのビーストは、崩れかけの尖塔に狙いを定め、更に加速する。素早く駆け上がり、頂上で全周に注意を払う。ソレは眼球を持たない代わりに、皮膚全体が視覚に相当する情報を取り入れている。『皮膚全体』が目であるに等しいその感覚能力と、その情報量に耐え得る処理能力を最大限活用し、僅かな不信の動作も見逃すまいと注意を払う。更に並行して、ソレの脳の一部は敵対存在の分析を続けていた。
少女がこれまで、ソレに攻撃を放ったのは初撃含めて3回。アプローチの総数が32度であるのに対して1割にも満たない、極めて低い頻度である。
それら1つ1つの事例を鮮明に想起しながら、パターンを探す。
出現場所、出現位置、脅かす言い回し、構え。決して多くは無いサンプル数を反芻しながら約1分。不意に、彼の取り込む視覚情報に動きが確認された。
自身の立つ尖塔の下を見ると、件の少女がとぼとぼとした足取りで入り口をくぐるところだった。ビーストの全身に、緊張が走る。右手の拳を強く握り、尾は脱力しながらも鞭のように俊敏にしならせ、攻撃の準備を整える。
視覚を研ぎ澄ませ、引き続き周囲を監視していると、ソレの背後、尖塔の屋根の端に、幼い手の指がかかるのが見えた。
瞬間、刺突とも呼べるほどの速度で尾による『点』の打撃を放ち、手の周囲の建材ごと吹き飛ばす。破片が飛び散り、手は支えを失い落下していく。
その時、そのビーストの視覚能力は、飛ぶ破片の中に不自然な物体を発見した。
『指』。人間の手のそれに近い形状ではあるものの、先程交戦していた少女のものとするにはやや長すぎるそれ。この場に存在するにはやや不自然すぎるそれ。その理由を解き明かそうとするソレの『視界』に、空間の僅かな歪みが映った。その起点は、例の『指』。そしてそこから、桃色のテディベアを抱えた少女が現れた。