「クソが……あの悪霊……おい青葉、犬神。悪霊の専門家として、アタシから言っておくぞ」
「うん?」
「なになに?」
「悪霊の及ぼす『霊障』には、いくつか種類がある。直接の影響力だけじゃない、障る『条件』もだ。……奴は『触れるだけで』霊障を発生させる。しかも、物理干渉ができるレベルの格だ」
千ユリが左手を軽く持ち上げると、虚空に”エイト・フィート”の片腕が出現した。その腕は無残にも複雑に捻じ曲がり、ところどころ体内から骨が突き出ている。
「アイツに触るなよ? 死ぬから。多分、青葉の霊障耐性があってもシンプルに殴り殺される」
その言葉に、青葉は息を飲む。
不意に、悪霊の姿が揺らいだ。ふらふらと覚束ない足取りではあるが、ある程度の速度で3人に向かってきている。
「来る……ッ、いや、違う!」
そう叫び、青葉が前に出る。それと同時に、悪霊の足取りも速まる。
「コイツ……『逃げたみんなを追おうとしている』!」
言いながら杖で殴りつけるのを、悪霊は身体を大きく折り曲げるように回避し、すれ違いざま青葉の顔面に掴み掛かろうとする。その攻撃は武者霊“野武士”が地面に突き立てた刀に阻まれ、悪霊本体の突進は突如せり上がった土の壁に激突して停止した。
悪霊が緩慢な動作で身体を起こし、3人に顔を向ける。穴だけの鼻。耳まで裂けた口とそこからこぼれる長い舌。白目の無い薄汚れた黄色の眼と縦長の瞳孔。その顔は、人間のものとはまるで異なり、むしろ蛇や蜥蜴のような爬虫類のようだった。
「……ヒヒ、コイツぅ…………最初思ってたよかよっぽど異形のバケモノじゃん?」
ごきりごきりと音を立てながら悪霊の首と腕が捻じれ伸びていく、その様子を見ながら、千ユリが溢す。
「こんなのが何、外に出ようとしてるの? キノコちゃんの縄張りからも離れてるし……」
自然と崩れていく土壁と悪霊を交互に見ながら、犬神が言う。
「それだけは絶対に許しちゃいけない。……放置することだってできない。だから……」
3人の思いは一つだった。
「「「今ここで…………殺すしか無い!」」」