振動が心地よく、うとうとしてしまう。腕をつつかれ目を覚ます。窓外の景色が、田舎のそれに変わっている。
「終点みたい」
バス停看板に、廃墟前と書かれていた。女のすすり泣く声が、どこかからきこえた。僕と元カノは顔を見合わせ、どちらからともなく声のするほうに歩き出した。
緑のなかにぽつんと、小さなメリーゴーランドがあった。泣き声の主が、そこにいた。木馬に横座りして、顔を両手でおおい、肩を震わせているもっさりとしたベージュ色のワンピース姿の女。今カノだった。
僕は声をかけることをためらった。元カノと一緒にいることが気まずかったからではない。元カノに、もっさりベージュが今カノだと知られてしまうことが嫌だったのだ。なぜか。ファッションセンスがないのはともかくとして、絵に描いたようなブスだから。
そんな僕の事情、心情などわかりようもない元カノは今カノに近づき、「どうして泣いてるの?」とたずねた。すると今カノは顔を上げ、「この人、誰?」と僕に言った。元カノが振り返って僕を見る。
「元カノだよ」
頭をかきながら僕はこたえた。
「で、どうして泣いてるの?」と元カノが今カノに顔を戻して再びたずねる。
「……だって、今日は初デート記念日なのに、ユウちゃん忘れてるんだもの」
「なんだ、そんなこと」
「そんなことって……あなただって同じ目にあったら傷つくでしょ!?」
「全然。そもそも記念日なんて作らないし……美人は毎日が特別な日。常に向こうから特別なことがやってくる。ブスは特別な日を自分で作るしかない。ブスほど記念日にこだわるのはそのため」
「ふんぎー!」
「ま、いいじゃない。わたしがこうして彼を思い出の場所に連れてきてあげたんだから」
元カノがそう言い終えると、光が降りてきた。元カノは光に導かれ、天高く昇ってゆき、消えた。
狭量な僕と今カノは、いつまでも地上をさまようしかない。