森の中は、動物の気配すら感じられない不自然な静寂に満ちていた。蒼依は“奇混人形”を人型に変形させ、自身の前方2mほどを先行させながら慎重に進む。耳を澄ませ、夜闇に目を凝らすが、“鬼”の気配は無い。
不意に、背後から草を踏む音が近付いて来た。まだかなり距離があるようで、耳に届くのは極めて小さな摩擦音のみである。音の感触は軽やかで、足音を潜めようという様子はなく、蒼依はその音の主を冰華であると判断し、構わず前進を続けた。
『おーい、蒼依ちゃーん』
しばらく前進していると、背後をついて歩く気配が蒼依に声をかけた。
(冰華ちゃん……?)
声に反応して立ち止まった蒼依は、“奇混人形”を自身の傍に呼び寄せてから振り返った。
「……冰華ちゃん?」
小さな声で呼びかける。しかし、返事はない。
「…………冰華ちゃん……じゃ、ないな?」
『冰華だよー』
蒼依の呟きに対して食い気味に、再び声がかかる。
(やっぱり違うな)
蒼依は“奇混人形”に手を繋がせると、それを音もなく短槍の形状に変化させた。
「冰華ちゃんならさぁ……さっさと姿見せるよね?」
闇の奥から聞こえた声に向けて呼びかける。数秒待った末に、『声』が返答した。
『アオイ、ちゃーン…………ヒョーか、だ、ヨォ……』
その声は明らかに異質で、冰華どころか人間の声ですら無いと容易に確信できるものだった。その声が止むのと同時に、荒々しく草木をかき分ける音と共に、気配が接近してくる。
(正体隠すの止めたか)
短槍を構え、短く息を吐き出しながら気配の方向へ投擲する。槍は木々の隙間を縫うように飛んでいき、硬い衝突音を鳴らした。木の幹に着弾したらしい。
(外した。そして、私は武器を失った……)
徒手のままに暗闇に向けて構えを取り、相手の出方を待つ蒼依。
数瞬の間を置いて。
『ク……クカカッ』
灰白色の皮膚を持った痩躯の“鬼”が、木の枝を掴み折りながらゆらゆらと現れた。