【前頁から続く】
――やっぱり駄目そうだ。
本能がそう囁きます。その瞬間気が楽になりました。やっと神仏が手を差し伸べた……今の男にはそれが天道神だろうと疫病神だろうと関係はありませんでした。ただ、やっとこの苦しみから逃れられると、一心にそう思っていました。
――ああ、最期に、最期に一口でいいから綺麗な水が飲みたかった。俺の末期の水はこんな泥水か……。
霞む目を瞑る寸前、男の脳裏には諦念に混ざってそれとは別の感情がよぎりました。しかし正体に気づく前に男の意識は完全に途絶えてしまいました。
どのくらい経ったのでしょうか、男は目覚めることができました。
戻った聴覚に戦争の音が飛び込んできます。薄く開けた眼に容赦なく白い日光が木々の隙間から差し込んで、唐突に肌に張り付く暑さが襲ってきました。戦争で受けた傷がジンと痛みます。黄泉の国でないことは明白でした。
――ああ、そうか。
「み……ず、か」
そうか。あれか。あれの所為か。
どうせ後で苦しむことになるなら、あんな水は飲まなくても良かった。飲まない方が良かった。
それなのに何故。
理由は明白でした。身体が水を求めていたからです。自分の意思ではありません。しかしそれだけで、男の胸の奥底から、生きようという気持ちが湧出してきました。
……自分が死ねば兵士達の死は誰にも知られず異国の泥に埋まっていく。彼らと自分に報いずに、このまま死ぬことが許されるのだろうか。自分は許せるのだろうか。
男は自分に問いかけました。
明確に答えを言葉にはしませんでしたが、彼は投げ出していた銃を支えにして立ち上がっていました。
倒れる直前の感情の正体が分かった気がしました。
【完】