校長、教頭、こんばんは。今日で東日本大震災から15年ですが、私は当時5歳で、保育所にいました。今日は家族から聞いた話と震災でも強かったとあるものの話をしたいと思います。
私は14時46分、地震発生当時は保育所で昼寝中でした。昼寝中の地震であったため、自分だけでなく他の人たちも布団をかぶって怯えていました。
その頃母は、自分を迎えに会社から車で向かっている途中でした。しかし、保育所到着直前にして、津波がすぐそこまで来ていて、車をバックして母は少し高めの小さな階段に避難しました。すると波は時間が経つにつれて徐々に高くなり、最終的に車は窓のあたりまで浸水してしまいました。そして母は近くを歩いていた自分の友達の父と保育所の中まで行き、奇跡的に会えました。
父は新しい家の設計を当時の祖母、そして住宅会社の1人と構想を考えていましたが、その後地震が来て、父は自衛隊であったため、すぐに救助に向かわなければならなかったため、すぐに出動しました。もちろん自分は状況を分かっていないため、母が来る前は、「もう会えないのか…。」という悲しさしかありませんでした。
そして震災を乗り越えたとあるものというのは、自分がいつも乗っていた路線「仙石線」のとある車両です。その車両は、東松島市にある野蒜(のびる)駅を発車後に緊急停止しましたが、なんと奇跡的に津波の被害を一切受けることなく無事でした。仮に、津波の勢いがさらに強かった場合はその車両は飲み込まれて悲惨なことになっていたので、まさに奇跡の電車だなと思いました。
これらの教訓は後世に語り継がれるべきであると思います。もう二度とこのような災害は経験したくないと改めて感じました。そしてこれからも前を向き続けます。