私は宮城県の沿岸部に生まれ育ち、被災した当時は6歳でした。卒園式間近のことでした。
3倍以上歳を重ね、年齢的には大人になって
今年も黙祷を捧げました。
発災当時はまだ幼稚園生で、余震が強く夜中におばあちゃんの腕の中で泣いたこと、子どもながらに津波の映像を見てすごく衝撃を受けたこと、すぐに近くの公会堂に避難できるように1階の台所で母と隣り合わせで眠った夜のこと、中学1年生のときに亡くなってしまった祖父が、車に不安がる姉と私を乗せて、「じいちゃんが絶対守るからな」と強い眼差しで励ましてくれたこと。
停電で何も人工の明かりがないなか、星はきらきら輝いていたこと、全部全部覚えています。
人生の半分以上を「復興後」の景色を見て育ったので、震災の前の景色を時々恋しいと思います。
パズルのように散らばった断片的な記憶ですが、絶対に忘れずにこの日のことを伝えていきたいです。
今日も生命が誕生したり、天国へと向かう生命もあります。
震災を経験してからは、いのちのことを沢山考えるようにしています。
私の周りは奇跡的にみんな無事でしたが、
そうではない人ともこれまで沢山接してきました。
友人の中には、震災で身内を亡くした方もいます。
皆さんへ
今ある幸せを、大切にしてください。
今ある普段の日常を、大切にしてください。