サンチマンタリスムといったところであろうか、そこにいた螽斯の一匹当たりは同様の感情を持ってほしい。
母をお母様と呼ぶ家庭も、そうそう無いようだと知ったの幼稚園を上がった頃。気まずくなると「あ。」と幽かに叫ぶ癖が抜けずにあるお母様を、私は好いているからこそ、このお母様という堅苦しい呼び方は変わらない。
世間一般というのはどうにも気に食わなくて、野生の桑の実を啄むような弱メルヘンな趣味をこの生産年齢層になっても持ち込むというのは、あまりに危険物であろうことを、無意識のうちに察していたようで、私はそれをイデアにしまった。
ここにある2つの文豪の物語を私は敬愛し、二人の文豪を尊敬する。
失敬、脈絡の欠如である。しかし私はその欠如が好きなのである。保護を満たす飽和液は、どの様な元素なのか、考えさせてやりたい。このむさ苦しい世の中で。