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歴史談義黙示録40

これをやり始めてついに40回を突破しました〜
最近真田関連のことをやってる為かスタンプがいつもより多いんでかなりモチベーション的にはいいですw
今日はいろいろと真田があっちに付いたりこっちに付いたりといろいろと面倒な感じです
真田家と北条家と徳川家と上杉家
・真田は織田に従い北条氏を攻めていたが本能寺で信長が死に北条攻めの責任者滝川一益も逃亡したため一人で北条と戦うのは戦略的に無理なので上杉の傘下に入る
・北条氏が滝川一益を追って真田領に近ずくと今度は北条氏の傘下に入る
・北条氏と上杉氏は信州で対立していたが甲斐に進行してきた徳川家康とも対立する
・この時真田は対上杉の最前線
・上杉景勝が、離反者の新発田重家を対処する為越後に後退
・織田に臣従を誓った時に差し出して差し出した人質が徳川家に保護された為家康の傘下に
・対立気味であった徳川家と北条氏が和解の道に進む
・徳川家は北条との和解の条件として真田に相談なく勝手に真田領の一部を北条氏に与える
・その代わりの条件として真田は徳川に築城の予算を肩代わりすることを頼む
・徳川と北条の関係が改善されていく中、約束の真田領明け渡しを昌幸は拒否した
・徳川にいると沼田領を失う恐れが強まったことから上杉氏の傘下に入いった (この時幸村は上杉の人質に)
・上杉はいち早く豊臣に臣従していたことから、真田家は上杉家だけでなく事実上豊臣家の傘下に入った
・小牧 長久手の戦いを終えた家康は、北条家との約束を果たすため真田領に兵を派遣
・数では圧倒的に徳川が有利だったが真田の奇策により徳川軍が壊滅真田領から撤退した
・真田勢は10倍の徳川勢に対して勝利を上げ真田の名は豊臣家を中心に全国に知れ渡った
・徳川家の重臣が豊臣家に寝返るなど徳川家の情勢も不安定になりその隙に真田は豊臣家に臣従を誓った

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