彼が私へ宛てて書いていたものだというその手紙を受け取ったとき、彼はもうこの世のどこにもいなかった。
几帳面な折り線のついた便箋には、「5にも満たない心は切り捨てるのが正解」とだけ記されている。まるで証明問題の解答だ。
彼の身体が地面に叩きつけられる悲鳴が誰の耳にも届かなかったのは、なるほどそういうわけだったかと合点がいった。なにせ5から上の心それだけを抱えた、身軽な身体である。きっと大した音は鳴らないだろう。
そうしてせかいから逃げ出した彼にとっての私とは1から4に収まる程度のなにかであったらしいことと、数学教師になることが夢なのだと目を輝かせていたあの日の彼を想いながら、私は少しだけ泣いた。少しだけね。