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は?ローストビーフ?無理です

早くて明日、この世が滅びます。

刻一刻と地球へ向かって来ているという小惑星の映像をバックに、テレビの中のアナウンサーは顔を青くして告げる。可哀想に、原稿を持つその手は震えていた。

それにしてもいきなりな話だな、私はどこか他人事のように思う。ぶっちゃけ午前七時の脳で受け止めるには、事が深刻すぎたのである。

「えっ、今朝は『おめざめジャンケン』のコーナー、ないのかよ」

おれチョキで勝つ気満々だったのに、とかなんとか抜かしながら、ボサボサ頭の彼が起き出して来た。先ほども思ったことなのだが、あの小惑星、彼の寝癖の形に似ている。不可思議なカーブを描いているあたりなんか、特に。

「ねえ、明日、この世が滅ぶんだって」

あんたはどう思う?私の隣に腰かけた彼の髪を撫で付けながら、問う。良く言えばいつも飄々と、悪く言えば所構わずヘラヘラしている彼も、『終わり』は怖かったりするのだろうか。しばしの沈黙の後、彼は言った。

「そんなことよりさあ、今日、海へ行こうよ」

私は目を瞬かせる。地球滅亡を『そんなこと』呼ばわりとは恐れ入るが、話がまったく噛み合っていない。あんたねえ、私の話、聞いていたわけ?詰め寄ろうとする私を制し、彼は続ける。

「とびきりお洒落をして、海へ行こうよ。弁当も持って、車でさあ。海岸で弁当を食べながら、色んな話をしよう。その後は一旦車の中に引っ込んで、日が暮れるまで気持ちいいことをしたいのね。それで、夜が来たら海岸に戻るわけ。そうしたら、おれと、」

ここで一呼吸置き、彼は私に口付け、言う。

―――おれと一緒に、せかいから逃げてください。突然やってきた『終わり』なんかに、きみを、奪われたくない。

それは慈しむような、懇願するような、うつくしい笑顔だった。思わず滲んだ涙を誤魔化すように、私は彼を抱き締める。私は、私の奇跡を、抱き締める。

「ちんたらしていたら、置き去りにしてやるんだからね」

うわあ、怖え、ちゃんと靴紐を結んでおこう。怖いだなんてまったく思っていなさそうな彼の笑い声を聞きながら、私も笑うのだった。きみとであえたこのせかいが、わたしはそうきらいでもなかったよ、って。

そんなことよりさあ、弁当のおかずは何がいい?

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  • すごく、すごく素敵な物語(詩)です。
    ロマンチックで。。
    胸が痛くなるような、だけどその痛みは幸せで。。
    こんな感覚になりました。
    うまく言葉に表せなくてごめんなさい(;;)
    私も“突然の終わりなんかに奪われたくない”人に巡り合えるように、日々大切に生きます。

  • 好きです!素敵です!!彼のような男になりたいです!!!

  • Nanaちゃんさん、レスをありがとうございます。うまく言葉に表せなくて…なんて、とんでもない。「素敵」の一言をいただけただけでも、書き上げた甲斐がありました。嬉しいです。
    「譲れない存在」というのは、人を強くします。きっとこの二人は逃げ延びるのでしょう。神様に叱られたって、知らん顔で。

    ***

    歌時雨さん、レスをありがとうございます。熱烈に褒めていただいて「彼」も喜んでいることと思います、靴紐はちゃんと結んでおきましょう笑

  • ーーおれと一緒に、せかいから逃げてください。

    ここでがつんとくらいました。
    胸の奥がぐっと熱くなりました。

    詩というのか、物語というのか、けれども彷徨ってもなくて宙ぶらりんでもなくて、心にすとんと着地して…
    上手く言えてませんね(ーー;)

    私の憧れてるものって、真珠の爪先さんの書く世界なんだなって最近思うようになりました。
    読むたびになんだかたまらなくなってしまうんです。私が書きたい、けれども書くことがなさそうな、そしてなんといっても読みたいものなんです!

    とても今更感ありますが、失礼しました。

  • はんなりボンバーさん、レスをありがとうございます。「おれが守るよ」ではなく「おれと逃げて」。自分でも気に入っている言い回しでしたので、嬉しいです。
    ただ報われたと、そう思いました。ひとり携帯のメモ欄に書き溜めていた頃の自分に、ポエム掲示板へ行けと言ってあげたい。
    今更だなんて仰らないでください、読んで頂けただけでもありがたいくらいなのに。