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死神

「この世は本当に存在しているのか。すべては幻ではないのか」
「人間は外部を知覚することによっていわゆる人間になるのだ。いま認識しているこの世が脳のつくり出した幻だったとしても、まず最初に世の中ありきなのだ」
「誰ですかあなたは」
「わたしかね。まあこの世ならざるものとでも言っておこう」
「なるほど。急に目の前に現れるなんてまさにこの世のものとは思えない」
「さっきからいたよ。急に現れたように感じたのはお前がぼうっとしているからだ。鍵ぐらいかけておけ。ところでずいぶん悩んでいるようだな」
「いま、生きているという実感がないんです」
「若者なんてだいたいみんなそんなもんだ」
「そうですか。でも、悩んでいるんです」
「いまなんてどうでもいいではないか。人間は未来を志向する生きものだ。樹木を傷つけて一定時間経過後、染み出してきた樹液を食すサルなどもいるが、人間の未来志向には及ばない。男性なら子の誕生、女性なら孫の誕生により、いつ死んでもよいなんて心境になったりするのも未来志向だからなのだ」
「未来なんて不確かなものですよ。妄想の産物でしかない」
「人間は現実より妄想依存型なのだ。確かないまより不確かな未来。人間はパンによってのみ生きるのにあらず、妄想の力によって初めて人間として生きる。幻を生きるのが人間なのだ。お前はいまでさえ幻と感じている。完璧だ」
「……なんかよくわからないけど、希望が湧いてきました」
「そうか。たまには外出しろよ。天気もいい」
「はい。久しぶりにツーリングに出かけようと思います」


 ーーもしもし。A県のB警察署の者です。ご家族にCさんという方はおられますか? 高速道路で交通事故にあい、現在D市のE病院に救急搬送され……

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