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ドアを開けると

 日本人形、とりわけお菊人形なんかはなんとなく不気味、怖いと敬遠する者が多いが余は嫌いではない。どちらかといえば好きだ。
 ある日曜日、早朝、旅番組で人形を供養する神社が紹介されていた。大量のお菊人形が並べられた境内をカメラがゆっくりと移動していく。ふと、なぜだろう、やや大きめな一体が余の目にとまった。余は、すかさず静止画にしてじっくり見てみた。その人形は、明らかにほかの人形と違っていた。見た目が可愛らしいだけでなく、生き生きとしていてかつ、憂いがあった。余は、この人形を生で見てみたいと思った。で、その神社に行くことにした。
 昔ながらの幸せは、消費文明にはかなわない。金がなくても幸せにはなれる。幸せなんてものは原始時代から存在していたのだ。余は幸せなどいらぬ。快楽があればよい。余は金がある。暇もある。金と暇があればどこでもすぐ行ける。これすなわち快楽。
 目当ての人形は、あった。お馴染みのおかっぱ頭。少し髪がはねている。陽にあせた赤い着物。複雑な刺繍が施されている。下がり眉、二重まぶた、密集した長いまつげ、やや丸みのある鼻、小さく薄いおちょぼ口、ふっくらとした頬、小さなあご、うつむき加減で、憂いを帯びた表情。色は人形のように白い。ああ人形だった。
 いつまで眺めていたのかわからない。あたりはすっかり暗くなっていて、風が冷たかった。人形に、「さようなら」と言って神社を出た。一泊し、あちこち見てまわってから帰路についた。
 ドアを開けると、あの人形がいた。

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