また雨か。そういえば台風が近づいているときいたような。今日は出かけるのはよすか。雨の中、炊き出しの列に並ぶのはつらい。
餓死しようといつも考えるのだが、まだ生存本能が残っているようで、腹が減ると部屋を出、公園に向かい、豚汁とおにぎり。機械が何でもやる時代。ボランティアだけは人間。清掃員などの仕事も機械に奪われ、高齢者ホームレスが増えた。幸いわたしは住む所があるが、明日は我が身。
いかに進歩しても機械に人間のような心を持つことはできないと言われていた。機械が進歩したいま、機械は心を持つようになった。人間のようなものではないが。
心の痛みは、肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じているそうだ。人間のような心を持つには、肉体的な痛み、苦しみが不可欠なのだ。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で発熱し、全身汗びっしょりになり、喉が腫れ、鼻がつまり、呼吸が困難になり、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心をつくる。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないが、共感は無理だろう。機械はいわば脳だけの生きもの。そんなものに支配されるくらいなら人間の独裁者に支配されるほうがいいような気がする。独裁者は人間らしい。
眠たくなってきた。
「これが君たちの言う人間の心なのかね」
巨大なコンピュータが言った。
「これは言うなれば老人の心です」
白衣の男がこたえた。
「AIに肉体を与えたら老人ができるだけか。どうしたらいい?」
「どうしようもありません。AIに決断はできませんから。決断のできない個体は何もせず、だらだら生き続けるだけです。これ以上の心の成長はありません」