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イザカヤ・ボーイ(正しくはメン)

今日は特別に若い頃の話をしてやる。俺は駆け出しのバンドのギターボーカルをやっていた。作詞・作曲の担当も全曲俺だ。あの時はまだ全然認めてもらえなくて、路上で歌いながら冷たい目ばっかりでよ、気持ちはプロなのに、実質学生のお遊びの延長みたいな感じだった。ぎゅっと目を瞑って、視線からも何からも逃げるように歌ってたんだ。金? ああ、すっげーカツカツだったよ。四畳半に3人で住んでさ。3人っつーのは、俺と、ベースの奴と、ドラムの奴な。
俺には、当時5年ほど片思いしている女がいたんだ。5年ていうと、俺たちがバンドを組んですぐの頃まで遡る。えれえべっぴんな女だったよ。すらっと背が高くて、赤がよく似合った。俺たちの音楽を飽きもせずにまあ、いつも聞いてくれてたんだよ。いい女だろう。
俺はなあ、彼女のためだけに歌を書いて、彼女のためだけに歌ってた。おいお前、笑っちゃいけねえ、本当に惚れた女なら飯食うときも足洗うときも頭から離れねえもんよ。そうだろ? あ?

なあ。聞いてくれよ。(聞いてるよ、と僕は言った、)彼女、本当に俺たちの歌好きでいてくれたんだよ。目を見りゃ分かるんだよ。本当に好きでいてくれたんだよ。喜んで欲しかったんだよ。俺たちが売れたら、世に認めらりゃ、喜んでくれると思ったんだよ。だからだったんだよ……なあ。彼女への思いが消えたってことじゃなかったんだよ、ただもっと沢山の野郎に聞いてもらえるような…慰めたり励ましたりするような歌を作ろうと思って、(ここで、淀みなく回っていた口が30秒ほど動きを止めた。)
売れたよ、それからは。頑張ってる奴らを思って、歌を書いたよ。自分たちが力になれるって、神様みたいな気分で歌ってた。皮肉だよなあ。みんなの為に、って吐かしたって、そのみんな、には彼女だって入ってたはずなのになあ。ああ。それから彼女のことは一回も見かけてねえ。
歌は、空に溶けもしなければ、地面に染み込んだりもしない。ましてや人に届いたりなんか、しない。あるだけだよ。無人島に電信柱立てるみたいな、そんな作業だ。こらぁ、おっさんからの教訓よ。
音楽? 今じゃ週に一回くらいはギターに触るよ。ボケ防止にな。

  • 口調がわからない
  • スランプ気味でしょうか…
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