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日本が震えた日 ~消えた灯 生まれた希望 (3月11日 東日本大震災)

私は今から5年前。自分が小学校のころに東日本大震災を経験しました。

プロローグ・・・(2011年3月11日 午後1時46分)
あの日、私は学校から友達四人と帰っていました。あの日はなにを暗示していたのか分かりませんが、不吉な夢をみて体調が悪く、いつもは帰り道友達と遊んでいたので30分くらい帰るのにかかっていたのですが、その日は友達と話だけして帰ったので、15分くらいで家につきました。

第1章 震えた大地(2011年3月11日 午後2時46分)
2時46分 東北沖 宮城県付近、宮城県牡鹿半島の東南東沖130km、仙台市の東方沖70kmの太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生。その時私は東京にいました。東京は震度5強と強い揺れが一分半ほど続きました。地震が一度止まって、辺りを見回すと、そこにはたくさんの物が散乱しており、陶器は割れ、ゲームボートは全壊し、とにかく部屋の中はボロボロでした。

第2章 画面に映った光景 (2011年3月11日 午後3時01分)
いったん家の外に出た後、テレビの電源をつけると、NHKは国会中継を中断し緊急放送特番を放送していました。そこに映ったのは「津波」の映像です。地震が発生した時点で、東北地方東側には「大津波警報」が発令されていたのですが、私が驚いたのはその予想をはるかに超える津波の高さでした。

第3章 M8.9 (2011年3月11日 午後5時13分)
気象庁の測定によるとこの地震はこの時点でマグニチュード8.9と推測されていました。大きな地震とはいえ、日本初のマグニチュードを観測したそうです。

第4章 明るい部屋 (2011年3月11日 午後9時30分)
夜になり、私は床につきました。この日はすぐに逃げるため、寝間着は着ず、普段着にスキーウェアをきて寝ました。私は寝た後、一度11時くらいに起きたのを今でも思い出します。その時も余震があったそうです。

第5章 起床→NHK (2011年3月12日 午前7時00分)
朝7時くらいに起きるとテレビ画面が偶然、宮城の陸前高田市を映していました。
そこには「陸前高田 ほぼ壊滅」のテロップが映し出されていました。
東北は津波で家が流され、家がなくなっていました。
「日本が崩壊した」そのように私は感じました。



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