その人における色んな要素が少しずつでも、より健全であることがとても大切なのだと思う。 もし不幸に見舞われても、それ以外の要素が健全であれば、どうとでもなるんだと思いたい。 不健全さが、ある超えてはいけないラインを、その合計で超えないことが大切なんだ。 だから、どんなに些細なことでも少しずつより良いということで救われることだって幾らでもあるんだろうと感じます。 思わぬパンチも思わぬ救いも幾らでも起こりうるのですね。