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蕎麦屋3

 口に出していたのだろうか。そそくさと勘定を済ませ、出て行こうとするとサラリーマン、とびきりの笑顔を俺に向け、「じゃあね」と手を振った。
「そういう笑顔は女性に向けたまえ。笑顔の無駄打ちだ」と言って外に出たらそこは居酒屋のカウンター。振り返ると男子トイレ。
「……お客さーん、閉店でーす。……閉店ですよ」
 またカウンターで寝てしまった。最近、酔って寝て目覚めると、夢だったのか現実だったのか妄想だったのか区別がつかない。確かめるすべもない。まあいい。生活に支障はない。あんみつをかき込んで、店を出る。
 飲み会シーズン。最近は路上で吐いている奴を見かけなくなった。酒が弱い奴、飲めない奴は無理に飲みにつき合わなくなったからだ。
 いまの年になっても、過去をやり直したいと思うことがある。だがもし過去の記憶をすべてなくしてしまったとしたらどうだろう。過去をやり直すというのはそういうことなのだ。
 姉はよく、近所や親戚を引き合いに出して、旦那と子どもの自慢をしていた。女はひとと比べなくては自分のポジションがわからないからな。つまり女の幸せとは、相対的なものであって、絶対的ではないのだ。
 ばかばかしい。本当に幸せな奴はひとのことを悪く言ったりはしない。幸せとは、性別や年齢を超越したところにあるのだ。
「自分の自慢や他者の批判ばかりで自分の間抜けさには気づかないのか気づいているが棚上げしているだけなのかどうかはわからないが、他者批判したら自己批判するかおのれの間抜けさをギャグにして相殺することだ。でないと自己客観化のできないただの間抜けで人生を終えることになる」
 カウンター常連の若いサラリーマン。とびきりの笑顔をわたしに向けて言う。
「おーい、みち。刺身終了。オーダー止めて」
「りょーかいでーす」
 サラリーマンに笑顔を返し、座敷席に急ぐ。

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