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俺はここにいない

 文庫本から目を上げると、ポロシャツに乳首が浮き彫りになった中年男性が立っている。
「あなたは都会至上主義に陥ってしまっているようだ」
 俺はアイスティーをひとくち飲んでからこたえる。
「じゃあ田舎に住んでいる若者の楽しみって何だ? ショッピングモール行って擬似都会を味わうことだ。結局都会が好きなんじゃないか。擬似じゃ真の満足は得られないよ。ささやかな幸せを守りたいだけ。新しいことを始める度胸がないだけなのに自己欺瞞して田舎が好きだと言っている。それが若者のあるべき姿なのか?」
「本当に好きなのかも」
「本当に好きだったらわざわざ田舎が好きなんて口に出して言わないね。心の底から楽しそうにしている奴なんて一人もいない。行動に移さずに愚痴ばかり。自己客観化ができないから笑いのセンスもない。人を馬鹿にした冷笑しか持たない。とにかく下らない連中だ」
 俺は文庫本に目を戻した。
「あの清楚な感じの店員。有名私立大学の学生だ」
「知ってるよ」
 俺は目を上げずに言った。
「初体験は十八。経験人数は三人。三人目の彼氏は弁護士志望」
「それが何だ」
「あなたを相手にする気はない」
「そんなのわからないだろ」
「わかるね。あなたは無職で、都会に住んでもいない」
 田舎の市営住宅の一室。布団の中で、都会を夢見るだけの俺。

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