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「例えば、今日で全部終わってしまうのなら」 後編

前編の続き。

…“明日がやってくることは当たり前じゃない”。

普通に、平凡に生きてたら、明日や来週や来月や来年がやって来ることが当たり前のように思えるはず。
でも、本当は当たり前じゃない。
数多の奇跡が積み重なって、明日がやってくるのだ。
それはこの前の閃光ライオットやしあさって自分が参戦するコミックマーケットにも当てはまるわけで。
こういう大規模なイベントは、毎年(コミケの場合は半年に1回)やっているとしても、やっぱりなにかの拍子にできなくなってしまうことがあるのだ。
閃光ライオットや未確認フェスティバルも、コロナ禍で間が空いてしまったことがあるし、コミケもコロナ禍で中止や延期になったり、コロナ禍以前のように開催できなくなったりしたことがある。
あと、開催したとしても自分が毎回参戦できるとは限らない。
昨日だって、去年の夏コミで面白い本を売っていた関西圏の大学の漫研が今年はなぜか参戦していないことがわかって、超ショックだったし。
やっぱり数え切れないほどの奇跡が積み重なって、自分らは“今日”を迎えているのだ。

だからさ。
“明日がやって来ることは当たり前じゃない”から、今日のこの瞬間を悔いのないようできるだけ全力で生きるべきだよなぁと思う。
もちろん、ずっと全力出してたら疲れちゃうから、たまには休むべきだよ。
でも、やるときは全力でやる、これに尽きると思うんだ。

7年前の夏休み最終日の夜の、とーやま校長の黒板を、今の自分はそう捉えているよ。
…まぁ、とーやま校長がそのときどう思っていたかはわからないけど。
とりあえず、大学生活最後の夏、23度目の自分の誕生日に、卒論執筆が遅々として進まない自分への戒めも込めて、書き残しておきます。

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「例えば、今日で全部終わってしまうのなら」 前編

7年前、自分が参戦した最初で最後の未確認フェスティバルのラストで、とーやま校長が黒板に書いた言葉がある。

「きっと明日なんてないだろうから今日全部出せ」

その当時、とーやま校長はどうしてそんな言葉を書き残したのかはなぜかよく覚えていないし、黒板に書かれた一文を見てもそのときはなんだかピンと来なかった。
でも。
それから約半年後、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、今までの日常はあっという間に崩れ去った。
あしざわ教頭が叫んでいたように「フリーダム」であると信じていた高2の、最初のふた月は学校に行くことができず、6月にやっと再開してもずっとマスクをしてなきゃいけないし、授業は短縮授業だったし、各種行事もなくなった。
ついでに休校期間中に生活リズムが乱れたのもあったし、自分はマスクをしていると声が出しにくいタチだったしで、授業についていけなかったり、新しいクラスには馴染めなかったりした。
それでも“頑張ったら皆のようになれる”と本気で信じて必死になって喰らいつこうとして…そして原因不明の病気になったり、発達障がいの診断を受けたり、行きたい大学もなくて浪人もした。
結局は、ただの人間にすらなれなかった。

それでも、この場所はずっと心の支えで、こもり校長と逆電したことがきっかけでやめさせられそうだった浪人を続けられたし、それでなんとか大学に合格、たまたま大学祭実行委員会に入って、自分みたいなのに理解ある人たちに出会って…なんとか4年生まで上がってこられた。
全ては奇跡のような偶然の積み重ねなのだけど…ここまで来てやっと、2019年8月25日の未確認フェスティバル2019での黒板の意味を理解できた気がする。

長いので後編に続く。