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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅢ

自分の中で、英人を含めた彼らの優先順位は高い。だから、なんとなく、彼らもそうだと勝手に思い込んでいたのかもしれない。違うのだと事実を目の当たりにして、勝手に傷ついて。
「……酸っぱい。」
強い酸味が、今は辛かった。こんな気持ちは初めてだった。
蜂蜜を横から差し出すチャールズ。
「お嬢さまの観察眼は、こちら方面ではめっぽう節穴ですよね。」
傷心のお嬢さまにかけるべき言葉ではないような気がするけれど。
品のない反応をしてしまいそうになるのを抑えてチャールズを見る。ぶつかった視線は、なぜか優しかった。
「気になったのなら、聞いてみたらどうです?」
「聞くって……。」
何と言って聞くのだ。
「“あの女誰よ!?”……とか?」
冗談を言えるくらいには通常運転に戻り、自分のその言葉に笑ってしまう瑛瑠。
「それぞれ大切な人がいるのはわかる。自分が1番になりたいとか、独り占めしたいとか、そういうことじゃないし、全て教えてほしいわけでもない。」
ほしいのは、無条件に信じられる関係性。

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅡ

「元気がありませんね、お嬢さま。」
そう言ってローズヒップティーを出してくれたのはチャールズ。抽出されたその液体は、鮮やかな赤色。瑛瑠の白いマグカップには良く映えた色だ。
言われて考えた瑛瑠は、そうか,自分は元気がないのかと悟る。
「私でよければ、お聞きしますよ。」
テーブルではいつも向かい合って座るため、珍しく隣に腰かけてきたチャールズに少し驚くも、素直に頷いてみる。
「でもね、自分でもどうしてこうなっているかわからないの。」
そう自嘲気味に、事のいきさつを話す。
今日の帰り、3人に断られ、ひとりで喫茶店に行ったこと。花と仲良くなったこと。帰りに英人を見つけたこと。女の子と一緒だったこと。
「見つけて、思わず隠れてしまったの。……なんとなく、見ちゃいけないような気がして。」
両手で包む白いカップからは、あたたかな湯気が昇る。
「私、傷ついているのかな。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅠ

『Dandelion』は、この地域でずっと続いている喫茶店だと花から聞き、それについて帰路につきながら思い出す。英人の付き人の紹介で知ったこの喫茶店。チャールズも知っていたようだったから、以前からあったのだろうことは想像はできるけれど、もしかしたら思っているよりずっと前からあるのかもしれなかった。
さて、この思考の中で登場してきた英人を、少し離れた通りに見つける。どうやらひとりのようで。
そういえば、今日瑛瑠がひとりで『Dandelion』に来たのは、見事に友人3人に振られたことによるのだ。
英人は、ファッションビル前の入り口横の壁に寄りかかり、腕組みしていた。誰かを待っているのだろうか。
瑛瑠は、遠目から見えた英人の表情に、咄嗟に身を隠す。そして、自分の行動に驚いた。なぜ、隠れたのだろう。
瑛瑠は思う。見てはいけないような気がしたのだ。女の子といたから。
かぶりを振り、思考をかなぐり捨て、今は英人に見つからないことだけを祈ってきびすを返した。

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩ

「すみません、長居しすぎました。明後日、今度は友人を連れて、4人でお邪魔します。」
2日後は予定していた報告会。歌名と望にも、ぜひここへ来てもらいたいと、瑛瑠が提案した。
前回はどのタイミングだったか未だに謎であるお会計済まされ事件があったが、今回はひとりなのでしっかりレジの前に立つ。すると、レジ横の腕時計に目が留まる。ウォッチスタンドにおさまるそれは、明らかにメンズであった。
花は苦笑いする。
「瑛瑠ちゃんも気付いちゃったか。まぁ、目立つに越したことはないのかもしれないけどねぇ……。」
語尾を濁す彼女は、慣れた手つきでレジを打つ。
「職業柄、指輪は付けないようにしてるの。食器を傷付けちゃうし、何より衛生上アクセサリーは良くないでしょう?でも、基本わたしひとりでまわしているから、何もしないのは心配だと言われちゃってね。」
指輪、と言ったか。
「旦那さまですか?」
確かに、結婚していてもおかしくない年齢ではあるが、身近にいるチャールズがあんな感じなので、考えもしなかった。
「そうなの。たまにコーヒー飲みに来たりするから、そのうち主人と鉢合わせることもあるかもね。」
それも旦那さんの一種の牽制なのだろうなと思い至った瑛瑠は、愛されていますね と微笑んだ。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅨ

「そうよ。」
楽しかったなー高校生,そう言う彼女に変化は全くない。
ただの偶然で片付けてしまえば良いのだろうかと一瞬言葉につまる。
急に言葉を発しなくなった瑛瑠に、花はくすりと笑う。
「私の友だちにも、急に考え込む癖を持つ子がいたわ。」
どうぞとカウンターから出されたもの。
「え!?私、頼んでいません!」
いきなりのことで、思っていたよりも大きな声が出てしまう。
「アフォガードよ。試作品だから、お代は結構。だから、味見して。」
ウインクを残し、早く食べないととけちゃうわと微笑む。花はそのままお会計のお客さんへの対応をし、席の片付けへ移る。どうやら放っておいてくれるようで。気が済むまで考えていいと言われているようで、瑛瑠は苦笑う。
ロイヤルミルクティーのかけられたアイス。口の中で広がる紅茶の香りに、幸福感でいっぱいになる。濃いめのバニラアイスが、主役は自分だと主張してくる。つまりは美味しいということ。メニューに追加されたら、注文してしまうだろう。
まだテーブルを拭く花へ、どう感謝と美味しかった旨を伝えようか、思案することにした。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅧ

それこそわからない。
そんな瑛瑠の顔を見て、花は笑った。
「だから、瑛瑠ちゃんのまわりに似た人がいたんじゃないかしら。」
たしかに、そう考えるのが自然である。妙な引っ掛かりを感じたから探ってみようと思ったのだが、何もなければそれに越したことはない。チャールズも、ただの人間だと言うし、考えすぎだったかと、コーヒーに手を伸ばした。
「花さんのご友人、私に似ているんですか?」
聞くと花は頷く。
「綺麗なパーツが似てる。雰囲気も似ていて、この前入ってきたときびっくりしちゃった。」
人間界にもいるのか、この顔が。
そんなことをふと思う。
「それにしても懐かしいな、まさか瑛瑠ちゃんの通っている学校が私の母校だったなんて。」
その制服、私も着たよ,と笑顔を向けられる。ということは、
「……ちょうど10年前、高校一年生だったということですか?」

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅦ

ほんの少しまばたきをして、お姉さんは頷いてくれた。
コーヒーを淹れながら瑛瑠の質問に答えてくれた彼女は、名を花というらしい。さらに、瑛瑠の思った通り26歳だった。
「ここは、花さんおひとりでまわしてらっしゃるんですか?」
「えぇ、そうよ。」
どうぞと差し出されたコーヒーは、豆の良い香りがして、思わず顔がほころぶようだった。
花はカウンター越しに、会話を進めてくれる。
「瑛瑠ちゃんは、学校帰りに寄ってくれたのかな。他には、何を聞きたい?」
新たな食器に手を伸ばす彼女は楽しげだ。
「私……花さんを、どこかでお見かけしたことがあるような気がするんです。気のせいでしょうか……。」
花の顔は本気で不思議がっている。それはそうだ。来店して2回目の客に、私のこと知りませんかだなんて。
思って、語尾も小さくなる。
「すみません、変なこと聞きました。」
謝ると、待って,と制された。
「わたしと瑛瑠ちゃんは会ったことはないと思う。でも、わたしの友だちに、瑛瑠ちゃんに似た子がいるわ。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅥ

軽やかなベルと、鈴を転がしたような声に迎え入れられた瑛瑠は、今日はお一人様だ。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
可愛い笑顔を携えた彼女を見るのは、これで2回目となる。瑛瑠は、カウンター席を選ぶ。今日は、目的があって来たのだ。
「今日はひとりなのかな?」
水を置きながら聞いてくれる店員のお姉さん。
「前に来たの、覚えててくださったんですか。」
少々の驚きを滲ませて聞くと、もちろんと返された。
「職業柄、お客さんの顔は覚えちゃうのよ。小さい喫茶店だしね。」
カウンター内へ戻るお姉さんと、今度は向かい合わせになる。
「どうして私がひとりだと……?」
「あら、違ったかしら。」
ゆるゆると首を振ると、店員の勘よとウインクが送られた。
フレンドリーで素敵なお姉さんだ。
瑛瑠は、息を吸う。
「ホットコーヒーをひとつお願いします。
――少しお話を伺ってもいいでしょうか。今日は、そのために来たんです。」

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LOST MEMORIES~番外編Ⅲ~

放課後の教室。机に、コトンとあったかい缶コーヒーが置かれた。
「休憩しましょう。お疲れ様です。」
凄まじい勢いで動かしていたペンを一旦置いた英人は、瑛瑠を見上げた。
「お砂糖は要りませんでしたよね。」
そう言って瑛瑠は向かいに座る。『Dandelion』で注文したコーヒーには、砂糖は入れなかったから、そのことを言っているのだろう。
ありがとう。そう微笑んだ英人は、コーヒーに口をつける。瑛瑠も同じものを手にしている。聞けば、瑛瑠も砂糖は使わないと言う。しかし、続きがあった。
「ただ、角砂糖なら入れたくなります。」
「……何故?」
「魅力的な形じゃないですか。立方体って美しいと思いません?」
英人は呆れたように笑った。広げている数学の問題集に目をやる。瑛瑠が数学が得意だということで、教えを乞うていたのだ。別段、数学が不得手というわけでもないのだが、始業早々のテストで点数負けをしたことの悔しさから、こうした待ち時間に付き合ってもらっていた。
瑛瑠の言葉を思い、改めて苦笑する。自分が好きな分野が文学や哲学だから、数学好きはどうにも理解できない。
「待っててくれたの!?遅くなってごめんね!」
教室に飛び込んできた望と歌名。今日はいつもより会議が長引いたようで、外もだいぶ暗くなり、夜が顔を見せ始めている。
缶コーヒーはまだ温かかった。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅤ

「私たち、境遇は似ていると思うんだ。たぶん、自由に色んなことできるのって、今だけだよ。」
瑛瑠が姫ということをとっても、英人が王子だということをとっても、戻ってしまえば公務に追われるだろうことは予想するに易い。四人のうちの二人がこうなのだから、望も歌名も似た境遇だろうことも簡単に想像できる。
「それに、みんなのこともっと知りたいもん。」
その言葉の裏には、眼と同じ想いが滲んでいるようで。瑛瑠は言葉につまった。
「それはいいが、言外に含む意味としては気が早いな。」
「そうだね。言っておくけど、まだ春だからね。」
しっかりと、湿った空気を追い払った男子ふたりはご飯を食べ進める。
ふたりともそういうとこあるよね,とむくれた歌名に、瑛瑠はやっと笑う。
そう、まだ気が早い。
「はいはい。これあげるから元気出して、歌名。」
揶揄うように言い放ち、お弁当の中にある、ほうれん草のベーコン巻きを歌名の口に入れる。
ぱっと顔を輝かせた歌名に、瑛瑠も笑いを堪えられない。
望も欲しがったのは、また別の話。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅣ

それもそうである。情報が少ない以上、動くことのできる範囲には限界がある。
チャールズも、いずれわかりますなんて言っていたっけ。
しかし。
「何が言いたい?」
英人が3人分の声を代弁する。
「焦る必要はないんじゃないかってこと。」
「……つまり?」
歌名は、英人を見つめ、続いて瑛瑠と望をも見つめてくる。そして、再び信じられないものを見るような目をする。
きょとん顔の3人に話が通じないことを悟った歌名は咳払いをした。
「つまり、高校生活in人間界をエンジョイしようってこと!」
具体的に、どういうことだろうか。
口を開きかけた瑛瑠の口元で、人差し指をふる。
「具体的にどういうこととか聞かないの。」
読心術使いだろうか。
歌名はいつもの笑顔に戻り、にっこりして見せる。
何か、想いを孕んだ眼。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅢ

「どうしてそういう話になったのかも気になるし、妙に訳知り顔な望も気になるし、英人くんのはしょりすぎな説明も気になるのは私だけなの?」
たしかに、自分のおかれた状況が歌名の立場なら、どれほど理解不能だろうか。
「ちゃんと説明するから、今はご飯食べません?
みんなまったく進んでいませんよ。」
瑛瑠が苦笑して呼び掛けると、それぞれ顔を見合わせて思わず笑みをこぼす。瑛瑠は、この前も歌名と昼食を逃した。今日は休み時間内にちゃんと食べたい。
机を動かすまでもなく、向かい合うでもなく、顔だけ見えれば良い。そんな感じで、やっと4人の昼食が始まった。

「ところでさ。」
歌名が口にトマトを放り込む。
「私たち、情報がほぼない状態で送り込まれたのは同条件だと思うの。」
いきなりの展開に、疑問の面持ちのままとりあえず頷く。
「プロジェクト?って英人くんは言ってたけど、仮にそれが本当だとしても、建前上イニシエーションなわけで。
現時点で言われてるのは視察と情報共有だけ。……だよね?
それって、緊急性は低いってことじゃないのかな。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅡ

そう言われた歌名は、小さく肩をすくめた。何で知ってんのなんて返すのだから、そうだのだろう。
やりとりを眺めていた瑛瑠だったが、望がこちらに顔を向けてくる。
「そういえば、ふたりの“わかっているところまでの話”って、具体的に何だったの?もしかして、被ったりしている?」
たしかに瑛瑠が図書室で調べていたことは地域についてであるが、英人と話していたことは違う。
英人が、首を横に振った。
「いや、このイニシエーション自体についてだ。」
望が、少し目を光らせた。
「へぇ……それで?」
「何らかのプロジェクトの一環、またはその延長じゃないかという結論に至った。まぁ、あくまで仮説だが。」
英人のその言葉に、相づちの意か納得の意かは図りかねたけれど、少し唸って顎に手をあて、考え込んでしまった。
「……そんな難しいこと話してたの?全然デートじゃないじゃん。」
歌名は信じられないようなものを見る目でそんなことを言った。

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩⅠ

「ちなみに望さん。どんなことを聞いているんですか?」
今でなくとも、いずれ聞く話ではあるのだろうけれど聞かずにはいられなかった。
先週、瑛瑠の開いていたページを見て心得顔だった光景が甦る。何かしらの関係があると踏んだ。
望はふっと微笑む。
「この地域のこと。」
考えることは皆同じようだ。瑛瑠は、図書室の地域文化の角に自分がいたことを思い起こす。違うのは、その手段。
「焦らすなあ。何か掴んだんだ。」
楽しそうに言う歌名に、望は困ったように笑う。
「あんまりハードル上げないでよ。被りネタでないことを保証はできないから。
歌名だって何か探っているくせに。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅢⅩ

じゃあ英人くんのこと呼んでくるねと明るく言い残した歌名は、幾秒もたたず英人を引っ張ってきた。ちゃんとお弁当は持ってきているあたり、ぬかりない。
「ふたりの方が忙しいと思うので、予定は合わせます。」
英人に、いいよね?と目配せすると、頷きが返ってきた。
肩書きのあるふたりは仕事が多い。そう伝えると、一瞬考え込む様子を見せた。
「どうせなら、休日にしよう。」
そう言った望は続ける。
「ぼく、先生や先輩に取り入って色々聞いているんだ。だから、平日はもう少し泳がせておいてくれるとありがたいな。」
あのあと、望は生徒会にも入った。もしかしたら、委員長も生徒会も、すべて情報収集のためだったのかもしれないと、ふと思った瑛瑠。
やはりみんなレベルが高いなあと、改めてそんなことを思うのだった。

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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅨ

日曜が通りすぎ、翌週。
学校生活はもう慣れきってしまった瑛瑠は、お昼休みは歌名と昼食をとっている。
「わかっているところまで話合わせをしてきたんです。結果的に混乱を極めたのでそこでお話はやめてしまったのだけれど、今度はおふたりとも話合わせをしたいなって。」
前の席にいる望にも声をかけて、土曜日の報告である。すると、振り返っている望は顔をしかめる。
「霧とふたりで出掛けたの?」
……そこ?
「ずるいね。今度ぼくとも行こう。」
え?
思っていた反応と違う反応に、思考が追い付かない。
「はいはい、それは今度ね。
ねえ瑛瑠。それは、近いうちに集まるってことで良いの?」
なるほど。出し惜しみなしというのはこういうことなのだろうか。
歌名の華麗なあしらいに苦笑しつつ、頷く。

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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅧ

チャールズは、さも当然といった風に答える。
「彼女はただの人間ですから。」
どこから突っ込んでいいものか。
彼女を知っているとしかとれないその言葉を放った意図とは。瑛瑠からの質問不可避だと理解しての言葉であるのなら、なおその意図がわからない。
「えっと……。」
ただ、何を質問して良いものか、咄嗟に出てこない。ここで、混乱を招く言葉足らずで思わせ振りなことを言い放ったチャールズの意図を汲み取ってしまった。
何だか疲れがどっと押し寄せてきた。こうなってしまえば、考えられるものも考えられない。
とりあえず、喫茶店のお姉さんはただの人間で、瑛瑠がこれまでに会ったという事実はないのだそうだ。
「今度こそ、寝ます。」
覇気のない声でそう告げる。
チャールズはにこやかに、おやすみなさいと声をかけた。