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五行怪異世巡『天狗』 その⑩

「……ようやく手が届いた」
そう呟いて青葉は倒木の下から飛び出し、天狗に斬りかかった。天狗は仰向けに倒れ込むようにしてそれを回避する。
「な、なんで⁉ なんで生きてる⁉ お前はただの人間のガキだろ⁉」
動揺してまくし立てる天狗に構わず、青葉は天狗が立ち上がる前に左肩を片足で踏みつけ、喉元に〈薫風〉の切っ先を突き付ける。
「捕まえた」
「ッ……! ば、馬鹿にするなよ! ボクは『天狗』だぞ!」
天狗がそう叫ぶと、青葉の足元の土が風で舞い上がった。土煙の目潰しに思わず身を捩り、足が天狗から離れてしまう。
(離れた! このまま姿を消して仕切り直す!)
“隠れ蓑”を使い、起き上がろうとする。しかし、それは叶わず再び地面に倒れ込んでしまった。何者かに足首を強く掴まれ、片脚が使えなくなっていたのだ。
「なっ……⁉ お前ら、2人しかいなかっただろ! 一人は離れた場所に誘導しておいた! これ以上どこに人手があるっていうんだ! 誰だよ⁉」
「あぁ……それは私も気になってたんだ。さっきは助けてくれてありがとう。名前くらいは聞いておきたいんだけど?」
喚く天狗に便乗するように、青葉は倒木の方に向けて問いかけた。それに応じるように、倒木が粉砕され、身長に対して異様に細身で華奢な印象の和装の少女が現れた。
「ああ、ワタシの可愛い青葉。勿論その質問には答えさせてもらうよ! ワタシの可愛い青葉にワタシを呼んでもらえるなんて、何て素敵なんだ!」

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五行怪異世巡『天狗』 その⑨

(……それにしても)
手近にあった一際太く高い木に背中を預け、青葉は手の中の愛刀〈薫風〉をじっと見つめた。
(〈薫風〉。怪異から守ってくれる刀だって姉さまから聞いてはいたけど、思っていた以上に守ってくれるんだな……)
背中に衝撃と熱が伝わってくる。背後の木に天狗火が直撃したのだ。
「っ……マズい……!」
背中に少しずつ、倒れてくる大木の重みがのしかかってくる。咄嗟に前方、まさに木が倒れてくる方向に向けて駆け出してしまう。大木は重力によって速度とエネルギーを増して青葉に向け倒れ込んでくる。咄嗟のことで横に躱すこともできず、逃げ切ることもできずに青葉の身体に倒木が覆い被さった。

「やった! ようやくやったぞクソガキが! よくもこのボクをビビらせてくれたな! 生意気の代償は高くついたぞ!」
やや興奮しながら、天狗は倒木に潰されたであろう青葉の下へ、文字通り飛んでいった。
“隠れ蓑”を解除し、倒木の目の前に降り立つ。
そして、うきうきとして倒木の下を覗き込んだ。その影の中から『2対』の目が、天狗を睨み返した。

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五行怪異世巡『天狗』 その⑧

(……しかし、驚いたな)
青葉のいる場所から数十mほど離れた木の上に“隠れ蓑”で姿を消しながら立ち、天狗は青葉の様子を観察していた。
(さっきまではあの化け物がいたから目立たなかったけど……何なんだ、あの子?)
天狗は青葉に対して、種枚の直接的な暴力性とはまた異なる脅威を感じ取っていた。それ故に、敢えて距離を取り、頑なに遠隔攻撃のみを仕掛けていたのだ。
(動きは遅いし、ぎこちない。仮に近付いたとして、万が一にも奴がボクに触れられるなんてことはあり得ないだろう。それなのに……何だ? あの子に対して感じている、この『気持ち悪さ』は……)
一瞬、青葉から視線を外し、別方向に目をやる。種枚のことは“天狗倒し”“天狗囃子”という二重の『音の幻術』による誘導で厳重に隔離している。種枚が発生させたものなのか、随所で木が倒れ土煙が上がっているが、この様子ならしばらく2人が合流することは無いだろう。
それを確かめ、天狗は再び天狗火を生成し、青葉に差し向けた。

青葉に向けて倒れた枯木を、彼女は前方に向けて飛び込むようにして、辛うじて回避した。
しかし、倒れ込んで身動きの取れなくなった青葉に、次の天狗火が迫る。
「っ……!」
咄嗟に刀を盾代わりにしようとしたその時だった。
(斬れ!)
『声』ともまた違う、『意思』のようなものが、青葉の脳内に閃光のように走った。刀に目をやると、種枚が鞘と柄を固く結び留めたはずの下げ緒は、転げ回って天狗火から逃げていたためかいつの間にか解けている。
短く、鋭く息を吐きながら、刀を抜き放つ勢いで迫りくる天狗火に斬り付ける。火球は刀身に触れた場所から綺麗に両断され、青葉を外れて地面に着弾した。
「……何だったんだ、今の…………人は無意識に情報を取り入れてるってやつかな」
再び納刀しながら、青葉はよろよろと立ち上がった。

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五行怪異世巡『天狗』 その⑦

その場に取り残された青葉はしばらく呆然としていたが、突然吹いてきた強風に身を震わせ、すぐに刀を構え、周囲に注意を払い始めた。
「わぁ、あの化け物だけがいなくなった、好都合だね」
周囲に天狗の声が響き渡る。
「お前はどうもただの人間みたいだな。その程度なら軽いもんだ!」
天狗がそう言うのと同時に、地鳴りのような音が青葉に迫る。
(何だ……? また『天狗倒し』か? いや……)
音源の方向を探し、青葉は周囲を見回す。そして、背後から迫っているものに気付いた。
それは、彼女の背丈ほどの直径はあろうかという巨大な火球。山肌を転がり落ちてくるそれを、青葉は転げるようにしてどうにか回避する。火球はそのまま転がり続け、倒木に衝突して消えた。
(たしか…………『天狗火』!)
続けて転がってくるもう一つの火球を回避しながら、青葉は背負っていたリュックを素早く地面に投げ捨てた。
更に自分に向かってくる天狗火を冷静に回避し、天狗の姿が無いか、周囲を見回す。
不意に、視界の隅で何かが動いた。すばやくそちらに納刀状態のままの刀を向ける。
その正体は、天狗火の直撃によって根元を破壊され、青葉に向けて倒れ込んでくる枯木だった。

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五行怪異世巡『天狗』 その⑥

「そっちかァ!」
音のした方に駆け出そうとした種枚を、今度は青葉が制止する。
「待ってください、種枚さん!」
「ア?」
「今の音……多分、何もありませんよ」
「何ィ?」
「そういう怪現象の話を聞いたことがあるんです。天狗の名を冠する怪異の一つです」
「へェ……」
しかし、種枚を止めようとしてそちらに注意を向けたのがいけなかった。
2人の背後から、先ほどより大きな破壊音が聞こえてくる。そちらに2人が目をやると、高さ10mは優に超える大木が、2人に向けて倒れてくるところだった。
「あっははははは! ボクの目の前でのんびりお喋りなんかしてるから! キミらみたいな注意散漫で生意気な子たちには、こうして『実害』をくれてやっているのさ!」
大木が倒れ土煙が巻き起こる中、天狗の楽しそうな笑い声が周囲に響く。
「さてさて、流石に死んだかな? 1人くらいは生きているかな?」
言いながら天狗が姿を現し、少しずつ薄れていく土煙に、スキップでもするかのように軽やかに近付いていく。
大木の倒れ込んだ位置から2mほど離れた位置で立ち止まり、その場で覗き込む。にやけたようなその表情は、すぐに険しいものに変わった。
「……これが『実害』、ねェ? だいぶ舐められたモンだ」
「いや、普通人間は木が倒れてきたら潰されちゃうものですよ」
種枚と青葉の気軽なやり取りが聞こえてくる。土煙が完全に晴れたその場には、倒れてきた木を種枚が片手で軽々受け止めている姿があった。
「くそ、何だよこの人間! 化け物か⁉」
そう吐き捨て、天狗は姿を消した。
「オイオイ何逃げてンだァ⁉ 私とやろうぜ!」
そう吼え、種枚は天狗が逃げていったと思しき方向に駆けて行った。

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五行怪異世巡『天狗』 その⑤

「くそっ!」
そう吐き捨て刀を抜こうとする青葉を、種枚は片手で制止した。
「待ちな、青葉ちゃん。刀は抜くな」
「え? なんで……」
種枚はそれには答えず青葉の刀をひったくり、青葉が何か言う前に下げ緒で鞘と刀を結び付けて固定し、再び青葉に返却した。
「これで良い」
「なんでこんなこと……」
「鈍器として使うなら、少しでも重かった方が良いだろ?」
「鈍器?」
「あァ、君の『それ』の使い方は、斬撃武器よりは殴るための重量物だったからね」
「ねえ、お話終わった? 待ち飽きたんだけど」
天狗の声がどこからか聞こえてきて、二人は咄嗟に背中合わせに立ち、周囲に注意を払った。
どこかに天狗の姿が無いかと二人は目を動かすが、二人以外に動くものの姿は見られない。
変化の無い状況の中、青葉は頬から顎に伝う冷や汗を無意識に拭った。その時だった。
どこからかビシリ、という音が響き、それに続いて大木の幹が割れ、折れて倒れる大きな破壊音が響き渡ったのだ。

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五行怪異世巡『天狗』 その④

2人が歩き始めて間もなく、2人の背後で木の枝の踏み折られるような音が聞こえた。咄嗟に振り返ると、先ほどまで2人が休んでいた木の陰から、一人の子どもが二人の方を見ている。
「あ、休憩はもう終わったんだ?」
子どもはそう言って、ふらりと揺れて姿を消した。
「ッ!」
「っ⁉」
種枚と青葉はすぐ進行方向に振り返り、種枚はその勢いのまま右腕を振り抜いた。彼女の放った殺意の斬撃が飛んだ先、2人の前方数mには、先ほどの子どもが腕を身体の前に構え防御していた。
「ひどい……いきなり攻撃するなんて」
嘆く子どもの口調は極めて軽い。
「畜生……居るんじゃねェか」
「あれが天狗、ですか」
「だろうな。もっと赤いツラしてると思ってたよ」
「いやだなあ、そんなカッコ悪い天狗像、今どき古いよ? 今は天狗だってオシャレでいたい時代さ」
2人の会話に子ども、否、天狗が割って入る。
「勝手に話に入ってくンじゃねェ、クソ妖怪が!」
再び種枚が殺意の斬撃を飛ばすが、天狗はまたも姿を消して回避する。

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五行怪異世巡『天狗』 その③

青葉は背負っていたリュックを地面に下ろし、杖代わりにしていた刀だけを抱くようにして種枚の隣に腰を下ろした。
「しかしまあ、よくついて来るじゃあないか。その貧弱な身体でさァ」
揶揄うように言いながら、種枚は青葉の腕をつついた。上着の下に隠れて目立たなかった、骨と皮しか無いかのような細腕の感触が、種枚の指に伝わってくる。
「ははは……まあ、軽いので。同じ力でも人より大きく動けるんです」
「なるほどなァ。私も結構細いんだぜ? 筋繊維が人より丈夫な分、量が要らないんだ」
笑いながら、種枚は腕まくりをしてみせた。彼女の骨ばった手首から前腕までが露出する。
青葉は曖昧な笑いを返し、リュックから水入りのペットボトルを取り出し、栓を捻った。
「……しッかし、居ねえなァ……天狗」
青葉が水を飲んでいると、不意に種枚が呟いた。
「いませんねぇ……」
登山道を離れているため、当然周囲に人の気配は無く、風に木々がざわめく音や鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。
自然音に和んでいると、2人のもとに強風が吹きつけてきた。それに煽られ、青葉が被っていたキャップ帽が地面に落ちる。
「ン……鎌鼬じゃあねエな。まあ山ン中だし風くらい吹くか」
一度伸びをして、種枚は立ち上がった。それに釣られて、青葉もペットボトルをリュックにしまい、刀を杖に立ち上がる。
「疲れは取れたかい、青葉ちゃん?」
「まあ、少しは」
帽子を拾い、リュックを背負いながら答える。
「オーケイ、それじゃあ行こうか」
そう言って、種枚は更に山奥を目指して歩き始めた。

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五行怪異世巡『天狗』 その②

種枚は獣道とすら呼べないような悪路を、散歩でもするかのように無造作に軽やかに進んでいた。その後を青葉も必死で走るように追い、どうにか食らいつく。
(は、速い……。やっぱりこの人、実は鬼なんじゃ……?)
青葉は進みながら、種枚と初めて会った夜を思い返していた。一瞬顔を突き合わせただけではあったものの額に確認できた2本の短い角、一瞬で数mの距離を詰めるほどの身体能力、抜き身の刀身を躊躇無く掴む度胸とそれを可能にするだけの耐久力。彼女の知る種枚の要素の悉くが、人外のそれとしか思えないものだったのだ。
「なァ君、大丈夫かい?」
種枚から声を掛けられて、青葉は意識を種枚に向けた。
「はい?」
「いやァ、随分と息が上がっているようだったんでね。休むかい?」
「いえ、まだまだ大丈夫です」
「へえ。それならもうちょい加速するか?」
「⁉ ……が、頑張ります」
「嘘だよ。のんびり行こうぜ」
そう言って、種枚は手近な木の根元に座り込んだ。

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五行怪異世巡『天狗』 その①

「よく来てくれたね」
種枚は集合時刻5分前にやって来た青葉を笑顔で迎えた。
「はい……しかしまあ、随分と軽装ですね。これから山登りなんですよね?」
登山準備を整えていた青葉とは裏腹に、種枚は普段通りの素足とパーカー姿に、荷物の一つも持っていなかった。
「私は良いんだよ別に。君は君の心配だけしていな」
「はい……そういえば、今日は何をするんですか?」
「ああ、天狗を狩る」
「…………天狗?」
「そう」
「狩る、ですか?」
「まあ、生け捕りにしても良いんだがね。ほれ、行くよ」
そう言って、種枚は青葉に手招きし呼び寄せる。近寄ってきた青葉に自身が被っていたキャップ帽を被せ、登山道を外れて山奥へ踏み入った。

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視える世界を超えて 後書き的なやつと次回予告チックなあれ

どうもナニガシさんです。近々投げ始める新作について適当にお喋りしようと思います。

たしか先月の11月くらいから書き始めていた『視える世界を超えて』シリーズでしたが、先月30日に無事全話投げ終わりまして。もしかしたら初めて長編を完結させられたかもしれねぇ。ナニガシさんはしょっちゅう世界観を思いついては無責任にいじくり回して自然消滅させる「タチ悪い創造神」スタイルの常習犯なので。
ナニガシさんの好きなオカルトとバトルアクション、そしてナニガシさんの中にある怪異に関する考えが融合した結果が多分本シリーズだったんだと思います。

まあそんな話は置いといて。この書き込みが反映されたら、明日かそこらから続編と言いますか何と言いますかな新シリーズをブン投げていこうと思っております。下書きも6割方できてる。
タイトルは『五行怪異世巡』。〈五行会〉の皆さんが怪異存在とバトるお話だと思います。千葉さんは多分出てこない。あいつにバトルは荷が重い。
ちなみにタイトルの読み方にこだわりはないです。大事なのは字義の方だ。