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皇帝の目_9

耳をつんざく奇声が上がった。器用にチトニアの肩あたりに捕まっている梓を案じ、チトニアは梓を潰す勢いで両手に包み、腹に当てて蹲る。
「ちょっ、チトニア!!せまっ、ちょ、手どけてくんない!?」
焦った梓がチトニアの手の中で暴れ出した。
「わわ、ごめんね」
奇声が漸く途切れ、部屋中に散乱している粘液もその緑色を失い始めている。先程の慌てぶりが嘘のように突然落ち着いた梓は、チトニアの手のひらからビーストを見下ろした。
「身長戻らないね」
「とどめを刺してないからだろう。…多分」
チトニアにビーストの眼球を露出させてもらい、梓は両手で果物ナイフを持ち、ビーストに向けて自由落下した。
「ぐえ」
その声を発したのはビーストではない。落下の衝撃に驚いた梓である。ビーストは音もなく絶命した。
「やったよ梓ぁ!ナイス〜っ!!」
チトニアが再び潰さんばかりに梓を持ち上げて頬擦りしだした。
「あっちょ、潰れるって」
そう呟いたところで、二つのことに気づいた。一つ目は、この病室に人が集まっていること。二つ目は、身長が戻りかけていることである。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 キャラクター紹介

・カリステジア
モチーフ:Calystegia soldanella(ハマヒルガオ)
身長:137㎝  紋様の位置:右手首の裏側  紋様の意匠:昼顔の葉
白いノースリーブのワンピースと麦わら帽子を身に付けた、黒髪ショートヘアのドーリィ。肌は青白く、目の下には濃い隈ができており、ちょっと心配になるレベルで薄くて細い。開始時点では誰とも契約しておらず、毎日波止場で釣りをしたりコンクリを這うフナムシを眺めたりしていた。
固有武器はサバイバルナイフ。全長約20㎝。使わない。
得意とする魔法は結界術。直方体の結界を張り、結界の境界面に触れたものは反対側の面から出てくる。その特性のお陰で絶対不壊。ちなみにこの効果は内側と外側どちらにも付与できるし付与しないこともできる。結界そのものの強度はジュラルミンくらい。
ビーストにボコボコにされる人間文明を見続けてちょっとヘラってるところがあるので、そんな中で「日常」を諦めない人間を見ると、脳を焼かれて自分を押し売りしてくる。
ちなみにマスターが「日常」を捨てた瞬間、自分とマスターの2人がギリギリ収まる程度の極小結界に2人で閉じこもり、マスターが窒息するまで抱き着いて寄り添っていてくれる。過去の被害者は1人。契約直後、マスターになったからって変に気負った瞬間やられた。理想は契約しても「ドーリィ・マスター」という使命感を意に介さず普段通り生活できる人間。

・砂原さん(サハラ=サン)
年齢:16歳  性別:男  身長:169㎝
とある港町で1人暮らしをしている少年。ビースト出現騒ぎが増えて次々住民が余所に疎開する中、頑なに故郷に居続ける狂人。ちなみに他の家族は全員内陸部に住む親戚の家に避難しました。1人で居残った理由は単に面倒だったから。学校教育は遠隔で課題をやってるので大丈夫。
基本的に毎日無人の漁港で釣りをしながら、海に現れるビーストやそれと戦うドーリィの様子を眺めている。釣果は1日平均0.04匹。
下の名前はちゃんとあるけど、カリステジアにバレるのは何か嫌なので、頑なに言わない。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑩

結局、空間は広げてもらえないままバリア内部にて待つこと数分。ようやくいつものドーリィが来て、巨大ウミヘビを海の方まで押し返してくれた。
「ようやく安全になったか……。おいカリステジア、もうバリア解除して良いぞ」
「えー」
「何が『えー』だよ」
「せっかくだし、もう少しだけこのままじゃ駄目ですか?」
「駄目」
「むぅ…………まあ、お兄さんが言うなら……」
ようやく解放され、バリアの壁にもたれていたものだからそのまま倒れる。軽く頭を打った。
「痛って……」
「お兄さん、大丈夫ですか? 治しましょうか?」
「いや大丈、夫……あん?」
ふと、自分の右手首を見る。カリステジアのと同じ場所に、同じ紋様が刻まれていた。
「……あーお前と契約したからか…………これ、銭湯とか入れるのかな……」
「えっ可愛いドーリィと契約した証を見て最初に思うのが刺青判定されるかどうかなんですか?」
「そりゃまあ、そもそも押し売られたものだし。思い入れも何も無ェ」
「そんなぁ」
釣り道具を片付け、立ち上がる。
「あれ、今日はもう帰っちゃうんですか?」
「いや、場所変える。流石にあのウミヘビに粉砕された堤防で釣りは居心地悪いし」
「あっ釣りはやめないんですね」
「まーな。ドーリィが守ってくれるんだろ?」
「っ……! はい! 全身全霊を以て!」
この場所も気に入ってたんだが、壊された以上は仕方がない。新しいポイントの開拓といこうか。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑨

ウミヘビの方を見る。何度か攻撃を繰り返しているようだけど、本当にこっちには何の影響も無いみたいだ。
「あー……カリステジア」
「はい」
「詳しく説明してくれ」
「はい。私のバリア、6面の直方体の形なんですけど、えっと……」
カリステジアは俺の釣竿に付いていた浮きを外して掌の中で転がしてみせる。
「これを……こう」
奴がそれを真横に向けて投げた。浮きは奴が投げたのと反対方向から、俺達の間に転がって来た。
「こんな感じで、私のバリアの境界面に触れたものは、反対側から出てくるんです。外側と内側、どっちにも適用できるし、通り抜けを起こさないのもできますよ。……と、いうわけで」
奴がまた抱き着いてきた。周りのバリアが狭まったのが触覚で分かる。
「いつものドーリィちゃんが何とかしてくれるまで、私達はこうしてのんびり待っていましょうね」
「それは良いけどまずは離れろや」
「お兄さん……当然ですけど、バリアは広げるほど消耗が激しくなるんですよ? できるだけ狭い空間で密着してた方がお得じゃないですか」
「…………ちなみに、あとどれくらい持つ?」
「お兄さんが寿命を迎えるまでくらいの時間は余裕で」
「ならもう少し広げようなー」
「そんなぁ……」

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑧

………………そろそろウミヘビに食い殺されていてもおかしくないと思うんだが、何も起きない。
周囲の様子を確認してみる。周囲の深く抉れたコンクリート、頭上を通る巨大ウミヘビの胴体。俺の胴体に抱き着いて密着してくるカリステジア。座った姿勢のままで曲がっていた膝をとりえず伸ばしてみると、空中で何かに引っかかる。手探りしてみると、どうやら俺達はかなり狭い空間に閉じ込められているらしい。
「んぇへへ…………」
カリステジアがこちらを見上げてくる。奴が徐に持ち上げてみせた右の手首には、朝顔か昼顔の葉っぱみたいな紋様が刻まれている。
「契約完了、です」
「………………カリステジア」
「はい」
「正座」
「はい……」
俺達を閉じ込める空間が少し広がった。カリステジアは俺から少し離れた場所に正座する。
「あのさぁ……契約って双方合意の上で成立するものじゃん」
「そうですねぇ……」
「別に契約すること自体は俺だって全く嫌ってわけじゃねーよ? けどさぁ……こういうのはちゃんと順序踏もうな?」
「お兄さん……! 私のこと、受け入れてくれるんですね……!」
「はいそこ喜ばない。お前今説教されてんの。オーケイ?」
「はーい」
にっこにこしやがって……。何かもうどうでも良くなってきた。一応俺達は安全っぽいし。
「なぁ、このバリア? って割られたりしねーの?」
「あ、それは平気です。通り抜けますから」
「は?」

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皇帝の目_8

ガバガバの考察だったが賭けてみる他ないのでやるだけやることにした。
「なんか火と燃やせるものある?」
「ライター…あと、爆弾…あ、火炎瓶ある!」
「OK火炎瓶でいこう。被害を抑えたいから火災報知器は壊さない。だから短期決戦だ。向こうの動きが止まらなかったらそのときはそんときってことで」
酷い指示をチトニアは健気に聞き入れ、入口付近へ飛び退くと野球選手の如きフォームで火炎瓶を持った。
「よっ…」
ぶんっと思い切り腕を振り抜く。チトニアの方へ向かっていたビーストは火炎瓶が飛んでくるのを察知して無理に軌道を変更した。
「あー…」「当たんなかった?」
元から当てるつもりではなかったがちょっと当てたかった。そんな思いがありつつチトニアの豪速球(火炎瓶)は病室の壁にぶつかり、割れた。ぶわっと広がる炎、それに反応した火災報知器が鳴り、水を撒き始める。ビーストは突然の温度変化に後ろを振り向いたり突然飛びのいたりと戸惑いを見せた。
「きた!」
チトニアは鈍くなったビーストの動きを見逃さなかった。腕をかき分け、目をぎゅっと瞑って器用につま先で腕の付け根を蹴った。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑦

「……ごめん俺契約の押し売りは断れって死んだ婆ちゃんに言われたから……」
「そんなぁ、どうして」
つい勢いで断ってしまった。実際、ドーリィがいれば安心ってのは事実だ。最近はビースト事件の報道も増えてきているわけで、マスター付のドーリィが身近にいれば安全性は一気に向上する。けどなぁ……。
「いやだってお前……なんか、あれじゃん……」
こいつがドーリィだってのが事実だったとして、こいつ個人と契約するのはなぁ……。
「でも私、お兄さんのこと命に代えてもお守りしますよ?」
「お前なのがなぁ……そもそも互いに名前すら知らねえじゃん。信頼も何も無ぇ」
「あ、私お兄さんの苗字知ってます。スナハラさん!」
「サハラな。砂に原でサハラ」
「砂漠?」
「違げえよ。いや字面的にはそれっぽいけど」
「そういえば砂砂漠って『砂』の字が2個連続してて面白いですよね」
「おっそうだな」
「あ、私の名前でしたよね。私、カリステジアっていいます。ハマヒルガオのCalystegia soldanella」
「長げぇな」
「短く縮めて愛称で呼んでくれても良いんですよ?」
「えっやだそんなのお前と仲良いみたいじゃん……」
「最高じゃないですかぁ」
少女カリステジアと言い合っていると、俺達の上に影が覆い被さってきた。
「ありゃ……これは、マズいですかね?」
カリステジアの言葉に見上げると、あの巨大ウミヘビが俺達を見下ろしていた。
ウミヘビが口を開けて突っ込んでくる。同時に、カリステジアが俺を押し倒した。悪いが地面にへばりついただけでどうこうなる話じゃないと思うんだが……。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑥

ここのところ、1週間くらい連続で釣り場にあの少女がいた。何度やっても逃げ切れないので、奴から逃げるのは早々に諦めた。
「えへへ、お兄さんが私を受け入れてくれて、私は嬉しいですよ」
「受け入れたんじゃねえ、諦めたんだよ」
「こんなにぴっとり寄り添っても許してくれるんだから、どちらでもさして問題ではありません」
俺の左腕にひっついたまま、奴が言う。
「うるせえ離れろ暑苦しい!」
「あれ、おかしいですねぇ。私、体温の低さには自信あったんですけど……」
「………………」
奴はきょとんとした顔で答えた。実際、こいつの肌はひんやりとしていて、正直に言うとかなり快適だが、それを言ったら負けな気がするので言わない。
海面に目を戻したちょうどその時、いつもより近くであの巨大ウミヘビが顔を出した。
「うわぁ、かなり近いですねぇ。50mくらいでしょうか」
少女はやけにのんびりとした口調で言う。
「こっちに注意を向けたら、一瞬でぱくっといかれちゃいそうな距離ですね」
「あ、ああ……これ流石に逃げた方が良いんじゃ」
「いつものドーリィちゃんがきっとすぐ来てくれますよ。ところでお兄さん?」
「何だよ」
呼びかけられて奴の方を見ると、いつの間にか顔をぐい、と寄せてきていた。
「離れろ」
「はーい」
元の姿勢に戻り、奴が口を開いた。
「やっぱり、ビーストの出る海で釣りともなると、いくら向こうが海から出ないと言っても不安ですよねぇ」
「何だ急に」
「そんな時、強くてお兄さんに忠実な護衛の子がいると安心ですよね?」
「何が言いたい」
「やっぱり、ドーリィと契約してると、こういう時も安心して日常が送れますよね?」
「ええい結論だけ言え結論を」
「むぅ、分かりました」
奴は俺の腕から自発的に離れ、その場で立ち上がって両手を大きく広げてみせた。
「ここにフリーのドーリィちゃんがいます。しかもお兄さんと相性バッチリ! 契約のチャンスですよ、お兄さん」

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑤

「正座」
奴に言う。
「はい」
ちょうどブロック・ミールを食い終わった奴は素直に従い、床に座った。
「なんでここにいる?」
「ついて来ました」
「なんで?」
「お兄さんの住んでるところが気になって……」
「何故入ってきた?」
「開いてたので」
うっかり手が出た。奴の脳天に振り下ろした拳を振って痛みが引くのを待つ。奴に目を向けると、殴られた頭を押さえながらもにたにたと気味の悪い笑みを浮かべていた。
「ぅえへへ……お兄さんにいただいたこの痛み、一生大事にします」
「うっわ鳥肌立ったわ」
「良かったじゃないですか。今年の夏は暑いですもんね」
「気色悪いっつってんだよ馬鹿ブッ殺すぞ」
「どうぞ」
「は?」
奴は両手を広げてこちらを真っ直ぐ見つめ返している。
「首を斬るなり心臓を抉るなり、どうかあなたの望むように。さぁ、どうぞ?」
眼に一切の躊躇が無い、っつーか狂気が見える。
「ごめんなさい言い過ぎました」
殆ど反射的に土下座していた。
「……あれ?」
決めた。2度とこいつに殺すだとかそういう暴言は吐かないようにしよう。

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Flowering Dolly:ビースト辞典②

・ヒュドラ
大きさ:全長40m
『アダウチシャッフル』に登場したビースト。9つの長い首を備えた四足歩行のドラゴン。胴体と脚部はでっぷりと太く、力強い印象を与えるが、尾と首は反対にすらりと細長くスマートな雰囲気も併せ持つ。
頭部のうちソレから見て左から4番目の首は口から毒霧を吐く。

・リヴァイアサン
大きさ:最低でも全長500m以上
『釣り人の日常』に登場したビースト。巨大なウミヘビ。デカくて重くて微妙に速くて異様にタフい。あまりに大きすぎて生命力あふれるせいで、何度も殺そうとして未だに致命傷を与えられた試しが無く、撃退して再び深海に帰っていただくしか現状の対抗手段がない。
実は口に含んだ海水を高圧で吐き出すドロポンめいた必殺技がある。ちなみに吐き出した水からは塩分や不純物が漉し取られてほぼ純水になっている。取り除かれた塩分などは一度喉奥の器官に蓄積されてある程度の塊に圧縮されてから胃袋へ送られ、胃石のような働きをする。

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皇帝の目_7

わざと、目を合わせる。その呟きに梓は渋い顔をしつつもまあチトニアができるならいいけど、と答えた。梓は目をわざと合わせるのは良策ではないと考えている。しかしチトニアははっきり言って脳筋であった。策もトリックも苦手な彼女はゴリ押すしかないのである。
「梓を投げるのもありかなって」
「私のことが大事なんじゃなかったのか」
「大事だけどぉ」
軽口を叩いていて、梓はとあることに気づいた。
「この部屋粘液でえぐいことになってきてないか」
ビーストの出す粘液が部屋中に散乱していたのである。そこで梓はふと思った。このビーストは視界に常に腕があるからよく見えない。耳はあるようだがあまり良くはない。鼻に関しては不明だが、嗅覚で自分たちを追っているわけではなさそう…。
「この粘液って私たちの位置を温度で把握するためにまいてたり…」
その呟きに、チトニアは顔を輝かせた。
「もしそうなら素早くても捕まえられちゃう!?」
「やってみるか」

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Flowering Dolly:ビースト辞典①

・アーテラリィ
大きさ:体長12m(完全体)
『魂震わす作り物の音』に登場したビースト。凡そ人型の外見をしているが、腕部が異常発達しており、逆に脚部は著しく退化している。移動時は両手を用いて這うように動く。
顎を巨大化させ、材質に関係なく摂食し養分に変える咬合力と消化能力に加え、腕部の体組織をミサイルのように発射する特殊能力がある。発射されたミサイルは、対象物に対してある程度の追尾性能を有する。
また、生命力に優れ、首と心臓が無事であればしばらくの間は生存できる。顎も残っていれば摂食によって急速に回復が可能。

・ニュートロイド
大きさ:身長2.2m、尾長2.5m
『Bamboo Surprise』に登場したビースト。外見は二足歩行する大型有尾両生類のようだが、両足は2本指で、頭部はどちらかといえばワニのような大型爬虫類のものに近い。眼球は無く、代わりに皮膚全体が受けた光を視覚情報として取り入れている。知能が高く、人語を理解し、高速並列思考が可能。本気で脳を回転させていると、周囲の動きがゆっくりに見える。今回は腕を捥がれて動揺していたため、それが起きなかった。
戦闘時には手足や尾を用いた格闘を行う。
体表からは粘液を分泌しており、これにはニホンアマガエルの粘液と同等程度の毒性がある。

・キマイラ
大きさ:体長8m、肩高3.5m
『猛獣狩りに行こう』に登場したビースト。外見は体毛の黒い巨大な獅子の肩から、ヤギの頭と竜の頭が生えたもの。
獅子頭は口から炎を吐き、竜頭には鋭い角と牙があり、山羊頭は声が怖い。冗談抜きに吠え声を聞くとまともな生物なら萎縮して動けなくなるか恐怖で失神するレベルで声が恐ろしい。