「おいキモいの! ファナが相手してやるわよ!」
ファナはディソーダー群に近づくと叫んだ。空気の振動に彼らは足を止め、ファナの方を真っ赤な目玉でぎろりと睨んだ。そして耳を塞ぎたくなるような共鳴音を上げて、たった1人の華奢な女の子に一斉に向かってくる。
ファナは臆せず群れに飛び込み、ナアマを振り回す。熱線攻撃と鋭い脚での攻撃を軽々と避けつつ、足元に回りナアマをひと振り。ディソーダーの体躯に対して細い脚は簡単に切断されて、がじゃんがじゃんと音を立てながら体勢を崩す。崩れ落ちたときに外皮の破片が四肢を掠めて、いくらか傷ができた。浅いものはすぐに治癒したが、深く肉が抉れた傷はそう簡単には治らず、生温い鮮血がどくどくと流れ出た。
「いやぁだぁ! アディくん以外がファナを傷つけるなんてっ」
なんだか狂気的なことをほざきつつ攻撃を避ける。その間に血は止まってきた。
何はともあれ、こういう戦い方ができるのは、小型ディソーダーと比べても小さい人間型のリニアーワルツたちの、数少ないながらもかなりのアドバンテージである。攻撃を受けたディソーダーは、人間の叫び声と鯨の鳴き声を混ぜたような鳴き声を上げて、最後の抵抗とばかりに熱線攻撃を浴びせる。しかしほとんど動くことのできない彼らの攻撃が当たるはずもない。目玉から脚の付け根まで伸びた赤く鼓動する溝にナアマを突き立てて、一気に引き下ろすと、ディソーダーはグロテスクな叫び声をあげ、粘性の高い黒い液体を噴き出して動かなくなる。
ファナ1人ではどうすることもできない大型個体はとりあえず放置し、小型個体の殲滅を図る。ファナは先ほどのような戦闘を何度か繰り返し、最後の小型個体を倒した。
ふと自分の身体に目をやると、どろりとした体液が白い肌の上を流れている。ディソーダーの体液と自分の血液という質感の違う液体が混ざって気持ち悪い感覚がした。
「うぇーっ、まじサイアク!」
弾かれたように手足をばたつかせて悪態を吐いた。
「……な、なに? 早く行きな?」
アッドは不思議に思って優しく諭す。するとファナが、不満そうな顔で自分の口を指さす。
「ちょっとアディくん忘れてる」
「……ああ、急いでんのに……」
言われてやっと気づいたアッドは、観念したというように、ファナの桃色の唇の端に口づけをした。互いの唇のピアスが当たって、2人にしか聞こえないくらいの小さな金属音を発した。
「やったあ、じゃあ行ってくるわね」
ファナは満足そうに目を細めて地上20メートルはあろうかという城壁を飛び降り、城壁に足を滑らせて勢いを相殺しつつ地上に降りた。ディソーダーの方に走っていったのを確認すると、アッドは第3鉱山に向かった。
2話 戦闘開始
ディソーダー群は地響きを轟かせながら第3鉱山に近づいていた。時折異界の地中のエネルギーと共鳴してモスキート音とも重低音とも聞こえるような、気味の悪い音を発した。
今回のディソーダーの見た目は、おおよそ黒くぎらつく蜘蛛型ロボットの様相で、ところどころ赤く爛れているように見える。生き物の外皮を剥いで人工外皮を張り付けたようで、何か生物の尊厳を侵害しているようで見ていて心地よいものではない。それだけならまだしも、理由の如何も不明だが、人間やその社会の破壊を図るのだから厄介なものだ。
ファナにとって、それ自体は大した問題ではないし、そもそも興味もないからできることなら放置しておきたいのだが、「アッドに言われるから」ということでサイレンが鳴る度に立ち向かっていくわけである。
ファナはディソーダーに向かって荒野を駆け抜けながら、ジェミニを起動する。
ファナの持つのは鉈型ジェミニ。ショッキングピンクを基調として、ハートやリボンのモチーフが散りばめられた、武器としての禍々しさに対して相応しくない可愛らしいデザインのジェミニだ。名前は『ナアマ』である。
前線都市カナンは異界開発機構の基地を中心とした環状都市である。研究施設と軍事施設を囲むのは、そこに務める人々が使う飲食店や日用品店。その周りに住居群があり、異界鉱石で造られた高い城壁が、不愛想なカナンの街並みを睨みつけている。ラボに隣接した街のインフラを担う動力供給部や城壁は、変換しきれなかったエネルギーが冷たい可視光線となって、時折幽霊のように瞬いた。この街は、資本主義によって死んだ、異界資源と理性の未練によって動かされているのだ。
この街が活動的になるのは、心臓を抉るサイレンが鳴り響くときだけである。
「アディくーん、様子どー?」
「まあ大したことねえな。デカいのが1体と、あとちょろちょろいるだけ。でもまずいな」
「何よ」
「あっちは第3鉱山の方だ。働いてる人がたくさんいる。ファナは先に行って戦っててくれ」
「ええー、アディくんも一緒に行こうよ。ファナあんなのキモくて相手してらんなあーい」
「キモいのの相手なんかいつもしてんだろ……」
「アディくんと遊ぶためだから我慢してるの」
「じゃあ今回も我慢してくれ、ちゃんとできなきゃ処分だぞ」
「んぇー」
ファナが頬を膨らませてごねると、アッドは苦笑して頭を撫でてやった。
「ファナは良い子なんだから、できるよな? 俺もすぐ行くし」
「んー、仕方ないなあ」
「じゃあ行ってきなさい」
「はーい」
返事はしたものの、ファナはアッドの方をじいっと見つめるだけで動こうとしない。アッドがジェミニを起動して第3鉱山に向かおうとしたところ、まだ隣に可愛らしい顔でこちらを覗く少女がいた。
『城壁の外北東17キロメートルの地点にディソーダーの出現を確認。リニアーワルツ、緊急出動お願いします、緊急出動お願いします』
「まずいぞ、やつらが出たんだ」
「ファナ、アッド、お前ら早く行ってこい!」
後輩研究員が07号室のドアを勢い良く開けて、リニアーワルツたちに怒鳴る。
「うっさいわね気安く呼ばないで!」
「こら、研究員の方にそんな口聞いちゃダメだろ」
「むぅー」
アッドが子供を諫めるように言うと、ファナはこれまた子供のように口を尖らせた。
「さ、行くぞ」
「ええーん、こんなときに! さっさと終わらせて続きするわよ」
「なんだ続きって……」
アッドは呆れながら、走って部屋を出ていくファナを追いかけた。
「へー、俺には飽きたって言いたいの?」
アッドが不満げに言いながら、先ほど自ら崩してしまった髪を優しくなでる。そしてそのまま、耳、頬、首筋、鎖骨と手を滑らせる。もう一方の手はファナの腰に回している。
「そんなこと言ってないじゃないっ」
ファナが目を見開いて反論すると、アッドはいたずらっぽく笑って、にわかに彼女の身体をぐいっと引き寄せた。
「きゃっ」
何が起こったのかよく分からないうちに、アッドはそのままベッドに仰向けになって、ファナがその上に抱きかかえられる形になる。
「この浮気性の不良娘! 悪い子にはこうしてやるっ」
「きゃっ、ちょっ、やめてよっ、あっ、あっははは!」
ファナの抵抗も虚しく、アッドはキャミソールから出た白い肌をくすぐる。
通りすがりの研究員2人組が、扉の小窓からリニアーワルツたちの様子を一瞥し、呆れた溜息を吐く。
「……今日も懇ろにやってるみたいで結構なことですね……オレなんか彼女いたことすらないのに……」
「それは頑張れとしか言いようがないが……」
先輩研究員が苦笑いする。しかし直後、眉をひそめて不快感をあらわにした。
「気持ち悪いヤツらだ」
「確かに、リニアーワルツが色恋だなんて」
「あー、お前は開発部じゃないから知らんのか」
「まあぼくはFラン大学卒の下っ端すからね」
後輩研究員が口を尖らせた。先輩研究員は「学歴厨だなあ」と苦笑した。
しかし直後に「……旧帝卒でも就職難しいのに? お前実はすげえのでは……」とこぼした。
そのときである。ラボに不穏なサイレンが鳴り響いた。