「ジェミニの起動方法はわかってる⁈」
「あ、うん!」
薄桃色の髪のリニアーワルツの言葉に、駆け寄ってきたミラは慌てて頷く。薄桃色の髪のリニアーワルツは「それなら」とミラにそれを手渡した。
「これを起動させてごらんなさい」
「そしてもし起動できたら私と戦いなさい」と薄桃色の髪のリニアーワルツはコノハナサクヤを肩に担いでディソーダーの方を見る。クモのような姿のディソーダーは、分離・合体を繰り返しては先ほど攻撃してきた二人のリニアーワルツ——インテとフォーを苦戦させていた。
「私は奴を足止めして時間稼ぎする」
「その間に、あなたはジェミニを起動させるのよ‼」と薄桃色の髪のリニアーワルツはコノハナサクヤを構えなおして、ディソーダーの方へ走り出した。その場に取り残されたミラは近くに立つ平坂管理官の方を見やる。平坂管理官は「ま、やってみたら~?」と笑って、路地裏へ去っていった。
「……よし」
ミラは頷いてしゃがみ込み、受け取ったケースの鍵を開ける。その中には、黄緑色の折りたたまれた状態のジェミニと、小さな箱が入っている。ミラは迷わず小箱を開けると、そこには銀色の指輪が収まっていた。
「これが、起動リング……」
リニアーワルツがジェミニを起動させるために必要な起動キー……確か利き手の人差し指にはめて色が変わったら、ジェミニを起動できる状態になって戦えるようになる。
ミラはラボで教わったことを思い返し、恐る恐る指輪を右手の人差し指にはめようとする。しかし辺りに轟音が響き、ミラはハッと顔を上げる。クモ型ディソーダーが近くの建物に光線を当てたのだ。薄桃色の髪のリニアーワルツはコノハナサクヤでディソーダーの脚部を切り落とそうとしているが、外皮が硬いのかあまり攻撃が効かない。インテやフォーもそのそばで援護するが、ディソーダーは相変わらず光線を吐き出しリニアーワルツを阻んでいる。
「ジェミニなら、あるわ」
「えっ?」
ミラはその言葉にポカンとする。薄桃色の髪のリニアーワルツは立ち上がり、耳に装着している通信機に手を当てた。
「こちらエフェメラル、大至急イワナガをこちらに寄越せないかしら?」
『おや、どういう風の吹き回しかい⁇』
「そんなことはいいから早く!」
「わたしはここにいるよ」
ミラと薄桃色の髪のリニアーワルツが声のする方を見やると、通りの路地から大きな黒いケースを右手に提げた、男とも女ともつかない大人が現れる。薄桃色の髪のリニアーワルツは「平坂管理官」と駆け寄った。
「なんでそんなところから」
「君が迷子になっちゃったから探してたんだよ?」
「うっ」
平坂、と呼ばれる人物はにやけるが、薄桃色の髪のリニアーワルツは気まずそうな顔をする。だが平坂管理官は「ほら」と薄桃色の髪のリニアーワルツに黒い大きなケースを差し出した。
「もしかしなくても、君、あの子にこれを起動させる気でいるでしょう」
平坂管理官の言葉に、薄桃色の髪のリニアーワルツは静かに頷く。平坂管理官はにやりと笑った。
「もうペアを失いたくないから新しいペアはいらないって言ってたのに、まさかペア候補を見つけてくるなんてね」
「本当にあの子がこれを起動できるかなんてわからないわよ」
「起動できたらペアにする、ただそれだけ」と薄桃色の髪のリニアーワルツはケースを受け取り、ミラに向かって「あなた!」と呼びかけた。
「!」
薄桃色の髪のリニアーワルツは慌てて背後を見やるが、すでに分離したディソーダーたちはクモの姿に合体しており、その姿で光線を放とうとしている。薄桃色の髪のリニアーワルツはそれを回避しようとする。だが、突然ディソーダーの右側から青と紫の光線が飛んできて、ディソーダーを横倒しにした。
今のは、と薄桃色の髪のリニアーワルツが光線の発射された方に目を向けると、青髪のリニアーワルツと紫髪のリニアーワルツがジェミニの合体を解除している。薄桃色の髪のリニアーワルツは驚くが、そこへ「おーい‼」と聞き覚えのある声が耳に入った。
薄桃色の髪のリニアーワルツがハッと我に返ると、黄緑色の髪のリニアーワルツが抱きつく。薄桃色の髪のリニアーワルツは驚いて身体を硬直させた。
「やっと見つけた~!」
「探したんだよ⁈」と黄緑色の髪のリニアーワルツ——ミラは薄桃色の髪のリニアーワルツの顔を見て声を上げる。薄桃色の髪のリニアーワルツは「なんで……」と呟くが、ミラは「だって!」と続けた。
「きみのこと、心配だったんだから‼」
その言葉に、薄桃色の髪のリニアーワルツは「えっ」と小さく呟く。ミラは気にせず「一人で苦しんでる人を放っとけないもん!」と笑顔を浮かべる。薄桃色の髪のリニアーワルツは「そんなこと……」と俯く。しかしミラは「そんなことじゃないよ!」と相手の両肩に手を置いた。
「きみ、ペアの話をしたらすごく苦しそうにしてたでしょう?」
「それに一人で戦うなんて、無茶だよ!」とミラは薄桃色の髪のリニアーワルツの肩を揺する。薄桃色の髪のリニアーワルツはハッとしたように顔を上げた。ミラは続ける。
「だから、自分が、きみと一緒に戦う!」
「ペアがいないからジェミニを持ってないけど……」とミラは苦笑いしたが、薄桃色の髪のリニアーワルツは不意に「いいや」とこぼした。
「あの子、ここにいたの⁈」
ミラがそう訊くと、フォーは「うん」と頷く。
「じゃ、じゃあ、追いかけなきゃ!」
「どこに行ったの⁈」とミラはフォーに尋ねるが、ここでインテが「ちょっと待ってください」と間に入った。
「ミラ一人を行かせるなんて、ちょっと危ないんじゃ……」
「いや、ミラを一人で行かせるなんて言ってないよ?」
「えっ?」
フォーの言葉に、インテはついポカンとする。フォーは「えへへへへ」と笑った。
一方そのころ、薄桃色の髪のリニアーワルツはディソーダーの群れの中を走りながら、迫りくるディソーダーと戦っていた。ただでさえ不気味な見た目なのに、けばけばしい色合いが余計恐ろしく見える敵を薄桃色の髪のリニアーワルツは手に持つ刀型ジェミニ・コノハナサクヤで切り伏せ続けている。小型のディソーダーたちは悲鳴を上げながらコノハナサクヤによって両断されていった。
「;***+`*:#%&(+>=)‼」
薄桃色の髪のリニアーワルツが次々とディソーダーを倒していくと、不意に前方からつんざくような雄叫びが響く。薄桃色の髪のリニアーワルツが顔を上げると、大型のクモのような形をしたディソーダーが飛びかかってくる。薄桃色の髪のリニアーワルツはコノハナサクヤを突くような体勢で構えて、ディソーダーに向かって駆け出した。
しかしクモのようなディソーダーは、薄桃色の髪のリニアーワルツの目の前で翅のある甲虫のような姿にばらばらと分離して、薄桃色の髪のリニアーワルツの攻撃を避けてしまう。薄桃色の髪のリニアーワルツはハッとしたように目を見開いた。
「誰だかわかんねーけど、まさか……」
パッションがそう言いかけたとき、リニアーワルツたちの後方から「みんなーっ‼」という大きな声が響いた。パッションとグリッタが振り向くと、黄緑色の短髪のコドモ——ミラが走ってきている。
「えっミラ⁈」
驚くパッションに対し、ミラは「大丈夫だった⁈」と尋ねる。パッションは「いやそんなことより……」と言いかけるが、ここで「ミラ」と落ち着いた声が飛んできた。ミラが声の主の方を見ると、ポセイドンを抱えたインテが駆け寄ってきている。
「どうしてここに来たんです⁇」
「基地にいるようにと言ったのに……」とインテは心配そうな表情をする。ミラは「ごめん」と謝るが、「でもね」と続けた。
「これを落としてった子が心配になっちゃって」
「それでいても立ってもいられなくて……」とミラは手の中のキーホルダーをインテに見せる。インテは呆れたように「ミラ……」と呟くが、それを遮るようにミラは「だけど」と口を開く。
「自分はあの子を放っとけないんだ」
「だってあの子、ペアのことを訊いたら様子がおかしかったし……」とミラは手の中のキーホルダーに目を落とす。インテは「そんなこと言っても——」と言いかけるが、ここで「別にいいんじゃない?」という声がミラの背後から聞こえた。ミラが振り向くと、弩型ジェミニ・アンフィトリテを持った紫髪のリニアーワルツ・フォーことフォーチュネイトが微笑んでいた。
「ミラは、その子のことが心配なんでしょ?」
「なら、追いかけなよ」とフォーは笑う。
「さっきの見たことないリニアーワルツ、きっとミラが拾ったキーホルダーの持ち主だろうし」
「えっ⁈」
フォーの言葉に、ミラは思わず声を上げた。
「ま、おれとしては戦えればどうでもいいんだけどよ!」
「おもしれーことになりそうだし?」とパッションは目の前のディソーダーにエンキドゥを突き立てようとする。だが左側から光の矢が複数飛来し、ディソーダーに突き刺さった。
「⁈」
急に自分の獲物を取られたパッションは、驚いて矢の飛んできた方を見る。パッションの視線の先にある建物の上からは、弓型ジェミニ・ギルガメッシュを持った金髪ボブカットのリニアーワルツ・グリッタことグリッタリングが飛び降りてきていた。
「ちょっとパッション‼」
「戦えればどうでもいいとか言わないの!」とグリッタはパッションの服の襟首を掴む。パッションは「ちょ、ちょっと」と慌てるが、グリッタは「ちょっとじゃない!」と言い返す。
「前線都市でディソーダーなんて前代未聞なのよ⁈」
「フツーに大ピンチなの、あたしのペアならわかるでしょぉ⁈」とグリッタはパッションの襟首を掴んだまま前後に揺さぶる。パッションは「落ち着け落ち着け」とグリッタを止めようとした。しかし不意に二人はなにかの気配を感じ取り、パッと顔を上げる。
二人の目の前には、体長数メートルほどあるムカデのようなディソーダーが頭部をもたげていた。
「……ひぇっ」
パッションとグリッタは小さく悲鳴を上げる。ディソーダーに潰される——と二人は青ざめるが、そこへ一つの人影が飛び込んできた。
人影は近くの建物の上から飛び降りつつ、手に持つ刀のようなものでムカデ型ディソーダーに斬りかかる。ディソーダーは悲鳴を上げてのけぞり、そのまま地面に倒れた。
「……」
人影は地上に着地すると、刀のようなものを一振りしてから背後を見る。そこにはケンカをしていたパッションとグリッタが呆然と立ち尽くしていた。周囲のリニアーワルツたちも、ポカンとした様子でその人物を見ている。薄桃色の長髪をなびかせたその人物は周囲の者たちを一瞥すると、次々と向かってくるディソーダーたちの方へ駆け出した。
「ねぇ、あの子って……」
グリッタが恐る恐る口を開くと、パッションは「あ、あぁ……」と呟く。
前線都市内でディソーダーの出現が確認されてから暫く。ヘスぺリデスの商店街では派手な色をした体長数メートルほどのディソーダーが、周囲に大小さまざまなディソーダーを引き連れて暴れまわっていた。ディソーダーは口のような器官から光線を放って街を破壊しつつ、ヘスぺリデスの大通りを進んでいる。基地の避難指示によって街中には人影がなく、ディソーダーが侵攻する地鳴りのような音だけが響いていた。
しかしディソーダーの群れが大通りの交差点にさしかかったとき、群れの横から光の矢や光弾が複数飛んでくる。突然の攻撃に小型のディソーダーは悲鳴を上げてひっくり返り、大型のディソーダーは動きを止めて光の矢や光弾が飛んできた方を見た。
交差点の角の向こう、商店街の建物の屋根の上や道路上には、華やかな容姿にカラフルな衣装を着込んだコドモたち——リニアーワルツが、弓や銃器の形をした武器——ジェミニを構えて立っている。敵の出現に気づいたディソーダーたちは雄叫びのような声を上げて、リニアーワルツたちの立つ方へ方向転換した。
しかしそんなディソーダーの目の前に、商店街の細い横道や建物の陰から刃物や鈍器の形をしたジェミニを持ったリニアーワルツたちが現れる。近接武器を持ったリニアーワルツたちは、群れの前方に固まる甲虫のような姿をしたディソーダーに飛びかかっていった。ディソーダーたちは口から光線を吐いたり攻撃を避けようとしたりしたが、次々とリニアーワルツたちに撃破されていく。そんな中で、青い長髪をバンスクリップでまとめたリニアーワルツ・インテことインテリジェントは、三叉矛型ジェミニ・ポセイドンを振り回して小型のディソーダーたちを串刺しにしていた。
「……それにしても、前線都市内でディソーダーが出るなんて、随分妙な話ですよ」
「ねぇ?」とインテが近くで大剣型ジェミニ・エンキドゥを振り回すリニアーワルツ・パッションことパッショネイトに話しかけると、パッションは「そうだな!」とディソーダーを斬り捨てつつ返す。
「だってそのキーホルダー落としてった子、リニアーワルツなんでしょ~」
「ペアもいるみたいだし、きっと平気だよ~」とフォーはニコニコしながら続ける。それでもミラは不安げだったが、「なによりも」とインテは笑みを浮かべた。
「ミラは、それをその子に返すんでしょう?」
「なら、ここで待っているのが正解だと思いますよ」とインテはミラの頭を撫でる。ミラは「……うん」と苦々しく頷いた。
「じゃ、おれたちも行くかね」
ミラとインテ、フォーの会話を見てから「早くしねーとこの街が壊されちまう」と、パッションはグリッタの方を見やる。グリッタは「そうね」と返す。
「あたしたちペアで、この街を守りましょ!」
そう言って、パッションとグリッタはラウンジを飛び出していく。
「では僕たちも」
「行ってきます、ミラ」と言って、インテはミラの頭から手を離した。そしてフォーとともに、ラウンジを去っていく。
「……」
再び自分一人になったラウンジで、ミラは再度ポケットからあのキーホルダーを取り出す。照明の光にかざすと、相変わらずきらきらしていた。
「あの子、大丈夫かな」
一人でディソーダーを軽々と倒していたとはいえ、ペアの話をするとひどく苦しそうにしていたあのリニアーワルツ。
本当に大丈夫だろうかという思いが、ミラの中をよぎる。
「やっぱり」
ミラはそう呟いてソファーから立ち上がる。そして、キーホルダーを力強く握りしめて、ラウンジを飛び出していった。
「なぁミラ、そのディソーダーが出たところってヘスぺリデスのどの辺だ?」
「管理官たちに報告して、おれたちが……」とパッションがテーブルに身を乗り出したとき、不意にラウンジ内のスピーカーからサイレンが流れ始めた。
「⁈」
リニアーワルツたちが思わず顔を上げると、ラウンジの出入口から背の高い女性……ウェスト管理官が飛び込んでくる。
「大変よ‼」
「ヘスぺリデス内で、 ディソーダーの出現が確認されたわ‼」と管理官は大声を上げた。ミラは「実は今その話を……」と言いかけるが、ウェスト管理官は気にせず続ける。
「司令官は、ヘスぺリデス基地所属の全ペアの出撃を命令したわよ‼」
「だから訓練終わりに悪いけど、あなたたちも出撃しなさい‼」とウェスト管理官は叫ぶと、そのままほかのリニアーワルツを呼びに行くのか廊下へ飛び出していった。ミラは管理官の言葉に思わず青ざめるが、パッションの「……行くか」という言葉を聞いて我に返る。仲間たちの方を見やると、四人は既にソファーから立ち上がったり、ラウンジの出入口の方に向かったりしていた。
「……みんな」
「大丈夫ですよ」
言いかけるミラに対し、インテは優しく声をかける。
「僕たちは、いつも通り出撃するだけですから」
「安心してください」とインテはミラの肩に手を置いた。ミラは「だけど……」とインテの顔を見上げる。
「このキーホルダー、あの子にまだ……」
「それもきっと大丈夫だと思うな~」
ミラの言葉を遮るように、今度はフォーが口を開いた。