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第一部【FANATICALとADDICTED】p.11

 発散されるはずだった光が砲塔内部で爆ぜた。

『ギィィイィイィィイィイ!』
「ぎゃっ」

 ディソーダーが叫び声を上げ、頭部にあたる部分が爆散する。爆風でファナも吹き飛ばされるが、今度はうまく着地する。辺りが砂埃に包まれ視界から色が消える。
 ただ、気分の悪い空気を、脳が拒絶するような音波が揺らしている。


 ファナは、急に独りになった気がした。停滞した空気が、彼女の肺の中にまで入り込んで、その思考を停止させてしまった。

 恐怖が五感を支配して、何も聞こえなくなった。

 助けを求めなきゃ。

 いつものように名前を呼ぼうとした。

 アディくん。

「あ、ね、あれ」

 しかしそれしか出てこなかった。呼ぶべき人の名前が分からなくなって、頭では分かっているのに、なぜか、呼ぶべき名前はそんなものではないような気がしたのだ。
 真っ暗な孤独を貫いたのは――

「ファナっ!」

 その瞬間、世界が音を取り戻した。
 反射的に声の方を見ると、砂埃の中からトバルカインがとんできた。アッドが投げたのだ。

 ファナはトバルカインを掴んだ。リニアーワルツとしての本能的な反応だった。
 ファナはもう一度、目に鋭い光を宿し、災禍を睨んだ。

 砂埃が晴れる。

 ディソーダーの砲塔は完全に吹き飛んで、外皮は溶け、内組織の毒性のある体液と反応してぐずぐずと気泡を発している。生命力を失った赤い光が、時々思い出したように強まって、すぐに消え入るを繰り返していた。

 それが対峙する小さなリニアーワルツの両手には、ナアマとトバルカインではなく、対物ライフル並みの巨大な火器型の合体形態のジェミニ。

 それを片腕で、涼しい顔をして構える。そして引き金を引く。

 直後、冷酷な白い光が、ディソーダーの動力部を完全に破壊した。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.10

 すぐに起き上がって周りを見渡すと、ナアマが自分の左の方……ディソーダーの脚のすぐ下にあるのを見た。時折アッドの攻撃を受けてよろけたディソーダーの脚が掠めて位置が移動した。

「おい大丈夫かっ」
「へ、へーきよ! 構わないで早く動き止めてよ!」

 ファナは強がって叫んだ。アッドが舌打ちで返したのは気付いていないことにした。

 ファナはナアマに駆け寄る。視界がふさがれたディソーダーは明後日の方向に熱線を放ち、脚はでたらめなステップを踏む。アッドは片方しかない腕でトバルカインを握り、敵の脚を1本ずつ、確実に突き刺し、切り落としていく。切り口からはディソーダーの体液が噴き出て、周囲は既にどす黒い水たまりができている。時折粘性の高い液体に足を取られてよろける。しかも全身にディソーダーの毒性のある体液を浴び、身体は重く体力もかなり削られている。

 ――正直、今の満身創痍の状態のアッドにとどめを刺すのを任せることはできない。自分がナアマを取りに行って、トバルカインを受け取り、とどめを刺さなければ。
 ファナは考えた。
 ファナは意を決し、ナアマを手にした。

「キモいの! こっちよ!」

 ファナはディソーダーの後頭部……アッドがいるのと反対側に回って、ナアマで切りつけた。アッドから注意をそらすためなのであまりダメージにはなっていない。
 しかしディソーダーはアッドから攻撃の対象をファナに変えた。ファナは強張った表情で空笑いをする。

「アディくん!」

 ファナは名前を呼んで、アッドに目配せした。彼もそれで目的が分かった。相方の無茶に目を丸くしたのもつかの間、すぐにディソーダーの近くから離れて、その視界の外から都合のいい地点に移動する。

 ディソーダーの砲塔部の内部が赤く発光する。可聴域ギリギリの音波が脳を貫く。それを無理やり無視するためにファナは目をかっと見開いて、大きく跳びあがりナアマを振り被った。焼けただれたような熱い空気を薙ぎ払い、ナアマが砲塔部の付け根に直撃した。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.9

 ファナが叫んだときには、口論に気を取られている間に体勢を立て直したディソーダーの熱線攻撃が、アッドの右腕に直撃した。勢いで後方に吹き飛んで、地面に身体中を打ち付ける。そのたびに、肺の空気が圧し出される音が口から洩れた。かろうじて地面にトバルカインを突き立てて勢いを相殺する。

 しかしアッドの右腕はもうダメそうだ。当に皮一枚で繋がっている状態。右腕は力なくぶら下がっているだけである。熱線によって切断された部分はすぐに溶けて固まって、血は出なかった。代わりに治癒は遅くなる。

「ああああクッソいってえなあぁ」

 アッドは痛みというよりもいらつきで低く唸った。役に立たなくなった邪魔な腕は無理やり引きちぎって、いらつきを発散するように投げ捨てた。

「ちょっとアディくんっ、大丈夫なのっ」
「心配してる暇ねえだろーが!」
「そんな言い方ないじゃない!」
「無駄口叩くなよ、またぶん殴られてえのかっ」
「それはっ」ファナがひるんだので、彼女の様子を無視して指示する。

「ファナは目玉狙え、俺はこっちで動き止める」

 アッドはそのままディソーダーの脚元に滑り込んでいった。上半身を狙うと熱線攻撃が危ないが、それも砲塔のような機関が1つあるだけなので、8本もある脚の攻撃を捌きながら無力化するよりは安全なものである。
 ファナもそれは分かっていた。

 黙って足を伝って上半身に登って、砲塔を振り回すのを避けながら、ナアマを充血した目玉に振り下ろした。

『ンンンギイィアアアアアア!』

 ディソーダーが耳をつんざくような悲鳴を上げて頭部を振った。ナアマは目玉に刺さったままで、ファナはそのまま振り回される。飛ばされないようにナアマを強く握るも、華奢な少女はすぐに振り落とされてしまった。

「やっ」短く悲鳴を上げたファナの手からナアマが離れる。ファナは受け身を取りながら、少し遠くで愛機が固い地面にぶつかる音を聞いた。

「やばっ」

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.8

 しかし敵が全滅したわけではない。大型個体が残っている。
 鋭いものが風を切る音に気付いて振り向いたときにはもう遅かった。大型ディソーダーの脚が目前まで迫っている。今から避けても腕の1本はダメになることは確実だった。

「やっ」

 ファナが短い叫び声を上げたとき、禍々しいものが、避けられなかったか弱い女の子の白い肌を裂き、肉を抉り、臓腑を貫き、骨を砕き、身体が真っ二つに――ならなかった。
 痛みの感覚の代わりに、少女は何かが金属にぶつかる音を聞いた。

「え」

 顔を上げると、そこには、あとはファナの身体を貫くだけだった真っ黒い凶器と、それに飛び蹴りをかます少年。少女の親愛なる――

「アディくん! おっそい! ファナあとちょっとで死んじゃうところだったじゃない!」

 助けてくれた相手へのものとは思えない言葉である。それに対してアッドの方はというと、

「ファナの取り逃がした奴を片付けてたんだよ! ほんっとにファナは役立たずだなこんなことも1人でできねえのか!」

 こちらもまた愛する人に向ける言葉ではない。先ほど優しいキスをしたその口で罵詈雑言を浴びせる。彼は車の運転をするとき性格が変わるタイプのようだ。

 アッドは怒鳴りながらも三叉槍型ジェミニをディソーダー脚の付け根に突き立て、体勢を崩させた。

 ――アッドのジェミニの名は『トバルカイン』。ハニーサックルピンクの体躯は1.7メートルはある。2本の棒が絡み合っているような、いささか不気味な見た目のジェミニである――。

「はあ? ひっどい! ファナだって大変だったのよ、いっぱいケガもしたし! アディくんだって1人じゃどうもできなかったでしょ!」
「俺はファナみたいなヘマしねえ」
「じゃあアディくんがこっちやれば良かったじゃない!」
「ファナに避難誘導ができるわけねえだろっ! べちゃくちゃ喋ってるだけで使えねえなあっ……てぅがっ!」
「アディくんっ」

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.7

「おいキモいの! ファナが相手してやるわよ!」

 ファナはディソーダー群に近づくと叫んだ。空気の振動に彼らは足を止め、ファナの方を真っ赤な目玉でぎろりと睨んだ。そして耳を塞ぎたくなるような共鳴音を上げて、たった1人の華奢な女の子に一斉に向かってくる。

 ファナは臆せず群れに飛び込み、ナアマを振り回す。熱線攻撃と鋭い脚での攻撃を軽々と避けつつ、足元に回りナアマをひと振り。ディソーダーの体躯に対して細い脚は簡単に切断されて、がじゃんがじゃんと音を立てながら体勢を崩す。崩れ落ちたときに外皮の破片が四肢を掠めて、いくらか傷ができた。浅いものはすぐに治癒したが、深く肉が抉れた傷はそう簡単には治らず、生温い鮮血がどくどくと流れ出た。

「いやぁだぁ! アディくん以外がファナを傷つけるなんてっ」

 なんだか狂気的なことをほざきつつ攻撃を避ける。その間に血は止まってきた。
 何はともあれ、こういう戦い方ができるのは、小型ディソーダーと比べても小さい人間型のリニアーワルツたちの、数少ないながらもかなりのアドバンテージである。攻撃を受けたディソーダーは、人間の叫び声と鯨の鳴き声を混ぜたような鳴き声を上げて、最後の抵抗とばかりに熱線攻撃を浴びせる。しかしほとんど動くことのできない彼らの攻撃が当たるはずもない。目玉から脚の付け根まで伸びた赤く鼓動する溝にナアマを突き立てて、一気に引き下ろすと、ディソーダーはグロテスクな叫び声をあげ、粘性の高い黒い液体を噴き出して動かなくなる。

 ファナ1人ではどうすることもできない大型個体はとりあえず放置し、小型個体の殲滅を図る。ファナは先ほどのような戦闘を何度か繰り返し、最後の小型個体を倒した。

 ふと自分の身体に目をやると、どろりとした体液が白い肌の上を流れている。ディソーダーの体液と自分の血液という質感の違う液体が混ざって気持ち悪い感覚がした。

「うぇーっ、まじサイアク!」

弾かれたように手足をばたつかせて悪態を吐いた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.6

「……な、なに? 早く行きな?」

 アッドは不思議に思って優しく諭す。するとファナが、不満そうな顔で自分の口を指さす。

「ちょっとアディくん忘れてる」
「……ああ、急いでんのに……」

 言われてやっと気づいたアッドは、観念したというように、ファナの桃色の唇の端に口づけをした。互いの唇のピアスが当たって、2人にしか聞こえないくらいの小さな金属音を発した。

「やったあ、じゃあ行ってくるわね」

 ファナは満足そうに目を細めて地上20メートルはあろうかという城壁を飛び降り、城壁に足を滑らせて勢いを相殺しつつ地上に降りた。ディソーダーの方に走っていったのを確認すると、アッドは第3鉱山に向かった。



2話 戦闘開始

 ディソーダー群は地響きを轟かせながら第3鉱山に近づいていた。時折異界の地中のエネルギーと共鳴してモスキート音とも重低音とも聞こえるような、気味の悪い音を発した。

 今回のディソーダーの見た目は、おおよそ黒くぎらつく蜘蛛型ロボットの様相で、ところどころ赤く爛れているように見える。生き物の外皮を剥いで人工外皮を張り付けたようで、何か生物の尊厳を侵害しているようで見ていて心地よいものではない。それだけならまだしも、理由の如何も不明だが、人間やその社会の破壊を図るのだから厄介なものだ。

 ファナにとって、それ自体は大した問題ではないし、そもそも興味もないからできることなら放置しておきたいのだが、「アッドに言われるから」ということでサイレンが鳴る度に立ち向かっていくわけである。

 ファナはディソーダーに向かって荒野を駆け抜けながら、ジェミニを起動する。
 ファナの持つのは鉈型ジェミニ。ショッキングピンクを基調として、ハートやリボンのモチーフが散りばめられた、武器としての禍々しさに対して相応しくない可愛らしいデザインのジェミニだ。名前は『ナアマ』である。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.5

 前線都市カナンは異界開発機構の基地を中心とした環状都市である。研究施設と軍事施設を囲むのは、そこに務める人々が使う飲食店や日用品店。その周りに住居群があり、異界鉱石で造られた高い城壁が、不愛想なカナンの街並みを睨みつけている。ラボに隣接した街のインフラを担う動力供給部や城壁は、変換しきれなかったエネルギーが冷たい可視光線となって、時折幽霊のように瞬いた。この街は、資本主義によって死んだ、異界資源と理性の未練によって動かされているのだ。

 この街が活動的になるのは、心臓を抉るサイレンが鳴り響くときだけである。

「アディくーん、様子どー?」
「まあ大したことねえな。デカいのが1体と、あとちょろちょろいるだけ。でもまずいな」
「何よ」
「あっちは第3鉱山の方だ。働いてる人がたくさんいる。ファナは先に行って戦っててくれ」
「ええー、アディくんも一緒に行こうよ。ファナあんなのキモくて相手してらんなあーい」
「キモいのの相手なんかいつもしてんだろ……」
「アディくんと遊ぶためだから我慢してるの」
「じゃあ今回も我慢してくれ、ちゃんとできなきゃ処分だぞ」
「んぇー」

 ファナが頬を膨らませてごねると、アッドは苦笑して頭を撫でてやった。

「ファナは良い子なんだから、できるよな? 俺もすぐ行くし」
「んー、仕方ないなあ」
「じゃあ行ってきなさい」
「はーい」

 返事はしたものの、ファナはアッドの方をじいっと見つめるだけで動こうとしない。アッドがジェミニを起動して第3鉱山に向かおうとしたところ、まだ隣に可愛らしい顔でこちらを覗く少女がいた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.4

『城壁の外北東17キロメートルの地点にディソーダーの出現を確認。リニアーワルツ、緊急出動お願いします、緊急出動お願いします』

「まずいぞ、やつらが出たんだ」
「ファナ、アッド、お前ら早く行ってこい!」

 後輩研究員が07号室のドアを勢い良く開けて、リニアーワルツたちに怒鳴る。

「うっさいわね気安く呼ばないで!」
「こら、研究員の方にそんな口聞いちゃダメだろ」
「むぅー」

 アッドが子供を諫めるように言うと、ファナはこれまた子供のように口を尖らせた。

「さ、行くぞ」
「ええーん、こんなときに! さっさと終わらせて続きするわよ」
「なんだ続きって……」

 アッドは呆れながら、走って部屋を出ていくファナを追いかけた。

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第一部【FANATICALとADDICTED】p.3

「へー、俺には飽きたって言いたいの?」

 アッドが不満げに言いながら、先ほど自ら崩してしまった髪を優しくなでる。そしてそのまま、耳、頬、首筋、鎖骨と手を滑らせる。もう一方の手はファナの腰に回している。

「そんなこと言ってないじゃないっ」

 ファナが目を見開いて反論すると、アッドはいたずらっぽく笑って、にわかに彼女の身体をぐいっと引き寄せた。

「きゃっ」

 何が起こったのかよく分からないうちに、アッドはそのままベッドに仰向けになって、ファナがその上に抱きかかえられる形になる。

「この浮気性の不良娘! 悪い子にはこうしてやるっ」
「きゃっ、ちょっ、やめてよっ、あっ、あっははは!」

 ファナの抵抗も虚しく、アッドはキャミソールから出た白い肌をくすぐる。
 通りすがりの研究員2人組が、扉の小窓からリニアーワルツたちの様子を一瞥し、呆れた溜息を吐く。

「……今日も懇ろにやってるみたいで結構なことですね……オレなんか彼女いたことすらないのに……」
「それは頑張れとしか言いようがないが……」

 先輩研究員が苦笑いする。しかし直後、眉をひそめて不快感をあらわにした。

「気持ち悪いヤツらだ」
「確かに、リニアーワルツが色恋だなんて」
「あー、お前は開発部じゃないから知らんのか」
「まあぼくはFラン大学卒の下っ端すからね」

 後輩研究員が口を尖らせた。先輩研究員は「学歴厨だなあ」と苦笑した。
 しかし直後に「……旧帝卒でも就職難しいのに? お前実はすげえのでは……」とこぼした。

 そのときである。ラボに不穏なサイレンが鳴り響いた。