“八尺様”が足元の泥土を掴み取りながら、ふらりと立ち上がる。それとほぼ同時、徒歩で道祖神破壊から戻ってきた王蕗が、戦場に合流してきた。
「ごめん遅く……状況は!」
「! 先輩能力貸してください!」
「え、あ、え、良いけど!?」
“八尺様”の投げた泥は、突如出現した直径約150㎝のフキの葉に阻まれた。同時にそれは吉継の姿を覆い隠し、標的の姿が視界から途切れた“八尺様”は怒りで奇声をあげながら四つん這いで突進する。そこに物陰から飛び出した4体のコロポックルが植物繊維製のロープを投げ、“八尺様”を絡め取った。
「永江くん、コピー能力なんてあったんだ?」
「略霊限定ですけど……おかげで助かりました」
“八尺様”は自らを縛めるロープを容易に引きちぎり立ち上がる。
「流石にパワーがあるな……急ごしらえじゃ時間稼ぎにもならない」
「……先輩、何とかして時間稼いでください。何か掴めそうなんです」
「……ほう? まあ構わないよ」
自然物から作られた武器を握った様々なサイズのコロポックルたちが草陰から現れ、王蕗の足元に集合する。
「さぁみんな、あいつをやっつけよう」
“コロポックル”たちが石槍や棍棒を掲げて鬨を上げ、突撃を開始した。小さな身体は長腕で容易に薙ぎ払われ、投擲された武器も有効打を与えることは無く皮膚に弾かれるが、それでも“八尺様”を苛立たせるには十分だったようで、注意を奪われ吉継への攻撃が緩む。
その間、吉継は戦線から一歩引き、静かに自身の能力と向き合っていた。
(……俺の能力【八尺様】は、俺の攻撃を最大で2m先にまで飛ばす能力。“八尺様”のあの長い腕を借りたような力。……本物の“八尺様”は今、道祖神を壊されて封印から解き放たれた。俺の【八尺様】だって、『手の届く範囲』なんて小さな世界に閉じこもっている必要、無いんじゃないか……?)
頭にノイズが走るような感覚――自身に宿る『能力』が新たな一面に目覚める感覚が、吉継の脳裏に閃く。
最後に残ったコロポックルの一団が、大きな掌で無慈悲に叩き潰される。
「準備済みの軍隊は全滅した。行けそうかい、永江くん?」
“八尺様”が腕を振り上げる姿を眼前に、王蕗が問いかける。
「……多分、行けます」
“八尺様”が限界まで指どうしを広げた長く大きな掌を、2人に向けて振り下ろした。
“八尺様”が掴みかかる。吉継が異聞能力で払い退ける。その応酬の中、均衡は不意に崩れた。“八尺様”が長い腕を用いて足元の泥土を掴み、吉継の顔に向けて投げつけたのだ。
「っ……!」
目潰しに態勢が崩れ、その隙に長い腕が迫る。残り数㎝で捉えられるというその時だった。
「さぁぁぁせぇぇえるうううかああああっ!」
トレビュシェットから射出された潮が、“霊凛”を“八尺様”の側頭部に叩き付けた。速度と硬度、怪力の乗った一撃で、“八尺様”の巨体が大きく崩れる。
「飛んできた!?」
「王蕗先輩の“コロポックル”くんが優秀でね!」
“八尺様”が頭を振りながら長い腕で薙ぎ払うが、潮はその攻撃を竹刀で受け止める。
「はんっ、その程度の肉体で“ダイダラボッチ”を押し退けられると思うなよ!」
しかし、もう片方の腕が素早く伸び、潮の身体を掴んで持ち上げた。
「っ……」
「秋津先輩!?」
潮は囚われた瞬間、強烈な睡魔に襲われた。
(何これ……たぶん、“八尺様”の特性……耐える、無理、なら、後輩くん、まもら、なきゃ……)
血が出るほど強く舌を噛み、辛うじて意識を繋ぎ止める。
「後輩くん……! 掴まれちゃ、だめ……ねむくなる……!」
「えっ……」
「この、2.4mぽっちが……そんな、ちいさ、てで……巨人が……捕らえ、られ……か……」
潮の意識はそこで途切れた。しかし、同時に彼女を掴んだ“八尺様”の手が、地面に叩き付けられる。
【ダイダラボッチ】の異聞能力は、語部の肉体に巨人の如き『剛力』と『重量』を与える。“八尺様”が常人にあり得べからざる巨体と並外れた妖力を具えているとはいえ、山を超える巨神の質量を持ち上げるほどの怪力まで兼ね備えているわけも無い。意識を喪失して完全に能力が解除されるまでの僅かな時間、潮の小さな肉体は、敵の行動を制限する『錘』の役を果たしたのである。
(隙……!)
吉継は腰のホルスターから“霊火”を引き抜くと、ワンマガジン分連射した。BB弾が身動きの取れない“八尺様”の全身に突き刺さり、『ギャア』という悲鳴をあげて畑に転げ落ちる。身体を起こした“八尺様”の頭に載っていた鍔広帽は地面に落ち、殺意を剥き出しにした目で吉継を睨みつけている。