永い言い訳を読んで、やはり、何であれ生きていることは確かな中で、笑いになるぐらいにまで泣けるようになることに対する思いは言葉にならないほどのものだなぁ。羨ましく素敵で。
その人における色んな要素が少しずつでも、より健全であることがとても大切なのだと思う。 もし不幸に見舞われても、それ以外の要素が健全であれば、どうとでもなるんだと思いたい。 不健全さが、ある超えてはいけないラインを、その合計で超えないことが大切なんだ。 だから、どんなに些細なことでも少しずつより良いということで救われることだって幾らでもあるんだろうと感じます。 思わぬパンチも思わぬ救いも幾らでも起こりうるのですね。
家族。ああー家族。人生は他者だ。家族。ああー。途方も無い。自棄は起こすな。かぞく。ああー。二十日鼠と人間み
苦しめなくなったから、苦しみを探して、一時苦しみを手にして、地獄を見て。地獄さえ見失ったらまた地獄を探しに行くということ。その切実さが抹殺されるべきではない。切実以外の何ものでもないんだから。
Get Up、実はさっきかかったので初めて聴いたのですが、もう、かっっっこいい!です!かっけえ!ぐっはあ!ギター好き! 土日なんて待ってらんない!明日ツタヤ行く!うああ! 腐りかけてたんだなあって気づいた。確実に。グッサアきました。ダレてらんねえ。時間がない。進む理由をもらえた気がします。行けるとこまで行ってやります。
次は何が、どれだけ出来て当然の事が出来なくなるのかな。卵かけ御飯に良い塩梅の醤油をかけられなくなったりしたらキツいな。あとは何がキツいかなぁ。泣けるようになったら、どれだけキツいのかな。どんな風なんだろうな。食いしん坊万歳
どんな時でも、面白けりゃわらってしまうという、笑いの強引さや不謹慎さやめちゃくちゃさ。めちゃくちゃだ
その日の昼飯がどれだったのかわからないくらい何回か食べちゃう時ってあるよね。
早慶狙えるだとかいっても、学力以外の見通しなんて何もない中でやって、なんやろなぁ。そして、勉強もズルズルになって。後、なんなんだろな。
天かすって意外と使えるね。