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私が今できること。

何度も此処に書き込もうとしては文章を消した。
私には、震災について語る資格なんてないんじゃないかって思ったから。
昨日の放送で、心に残った言葉がある。「忘れないようにと言うけれど、被害をあまり受けてない人たちがいう言葉で、忘れたくても忘れられないんだ」という言葉だ。
私は去年の今日、ここに「忘れないように、そして絶対風化させないようにしたい。」そう書いた。
でも、それは本当の意味で東北の人たちのことを考えていなかったのかもしれない。
私は震災以降、福島に行かせてもらったことはあるが、他の県には行ったことがない。震災当時の状況や今の状況もテレビやラジオの中でしか分からない。
だから、東北の人達の苦しみは私には到底分かることではないし、辛かったね。なんて言えっこない。
でも、東北の人達は、5年間確実に毎日を必死に歩んできたんだ。

5年前の今日、多くの人がそして、誰かにとって大切な人が亡くなった。

私に今できること。それは精一杯生きること。
そして周りの人を大切に大切にすること。

そして、必ず、東北に行く。自分の目で今の東北を見てきたい。
私にはこれくらいしかできないけど、それでも私にできること、していきたい。
今日は黙祷をした。イオンで黄色のレシートを入れてきた。3.11と検索して募金をした。1人の力は小さくたって、集まれば大きな力となる。

そして東北のみんな、私の知らない現実を話してくれてありがとう。

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5年前

震災後の最初の生放送授業のことをふとした瞬間に思い出すことがあります。やしろ教頭は「多分この震災で亡くなってしまった生徒もいる。でもその子達はそれを知らせることはできない。だから,ずっと覚えていろとは言わないけれど,たまにでもいいから思い出して欲しい
。」と涙ながらに語ってくれました。

あれから約3年8ヶ月後,長野県を震源とする震度6の地震が起きました。突然エリアメールの聞きなれない音が鳴り響いて家が大きく縦に揺れ始めました。その瞬間「死」を覚悟しました。とっさに近くにいた妹に覆い被さるようにして抱きしめました。その時は不思議と自分の命なんてどうでもよくなって,私は妹を守らなければいけない,生かさなければいけないと考えていました。結果的に物が落ちてきたくらいで被害は済んだけれどそれから何週間かは不安でろくに眠れませんでした。

東日本大震災を経験した皆さんがどれほど怖い思いをされたか,私はほんの少しではありますが身をもって知りました。それはたとえ復興が進んでも,一生心に残る傷なのだと思います。私がどれだけ力になれるかわからないけれど話をききたい。そして報道などのフィルターを通さない皆さんの本当の声を知りたいです。

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