スタートライン
「先生、じゃあ平和はできないの?」
「そうとは、限らないよ。それは ――」
吉田はその日朝からあくびが止まらなかった。
時給がいいからと言って始めた深夜のバイトのせ
いだ。彼はこの春から、大学生になった。学部は
教育学部、特に教師になりたいと強く思っていた
訳ではない。大学にエスカレーター式で入れる高校だったので自分の頭でいける一番偏差値が高かったのがここだっただけだ。
教室に入りずっと階段を昇り窓際の席に着く。少しすると教授が入ってきて講義が始まる。彼は大きなあくびとともに、ノートをとりはじめた。
「次は道徳だから皆用意しておいて。」
俺の言葉に、はーいと言う元気な返事が返ってくる。次の道徳の時間は今年が戦争が終わってから100年ということで、平和について考えていく中々長期にわたって取り組んでいるテーマだ。先週までに戦争時のエピソードを写真や映像を交えながら学んできた、今日はその締めの授業だ。
チャイムが鳴り皆が席に着く。
「先週まで戦争をしていた頃のお話をいくつか読んできたけど、皆はどう思った?」
「この時代に生まれて良かった!」
「私達は平和な世界で生活ができて嬉しい!」
まぁ大体予想した通りの返事が返ってきた。そして今からこの小さな子供たちになんてシビアな話しをしなきゃいけないんだと、若干ため息が出そうになる。
「今、平和な世界って言ってくれたけど、この世界は本当に平和なのかな?」
皆が三桁どうしのかけ算を出されたような顔になる。
「世界っていっても、それは日本の話だよね。本当の世界に目を向けてごらん。世界は本当に平和かな?」
「違う!なんかフンソーとか言うのが起こってるんでしょ?」
「そうだね、確かに平和ではないかもね。ところで、皆が思う平和って何?」
「戦争がないこと!」
「そうか、じゃあ皆の周りで殺人事件がたくさん起きたり、お母さんとお父さんがケンカばかりしてたり、逆に皆が友達とケンカしたりしててもそれは平和なの?」
「平和じゃないかも…。」
「そうだね、殺人事件は別として、友達とのケンカは無くせると思う?」
「難しいと思う…。」
「うん、やっぱり人と人だからね。相手にムカついたりしちゃうよね。」
「先生、じゃあ平和はできないの?」