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知ってほしい 僕のこと、僕らのこと #7

さぁ、前回のクイズの答え合わせの時間です。
クイズの内容は、脳症の疑いのあるぼくに医者が宣告した中で
今僕は、どうなっているかという問題でした。
選択肢は、
①死亡する
②一生寝たきり
③健常者とかわらない生活が送れる
でした。
その答えは…①ではなく……③です!!
ちょっとだけ「えっ!?」ってなったでしょ?www
そんなわけないですよ。
この間逆電もさせていただきましたしね。
それでは本編へ…


(ここからは、母の日記をもとに掲載します)
回復室にて、母は、やはり痙攣が起きたことと脳症の疑いがあるということで、
ストローで水を飲むときに、「黄色のストロー取って」と言われたときに
ちゃんと黄色のストローを取れていたり
小学校のみんなからの手紙もちゃんと読めていて、その友達の中に毎回
折り紙を入れてくれていた人がいたが、その人の手紙だから折り紙が入っていると
覚えていたり、その折り紙(雪だるま)の顔を描けていたり
脳に異常があるようには、見えなかったそう。
この症状の治療にはパルス療法と呼ばれる。薬を6種類ほど一度に沢山
使う大変な治療だった。

第一部…完!
続きはまた今度!
とぅ~び~こんてにゅ~

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知ってほしい 僕のこと、僕らのこと #3

僕の病気が発覚したのは、2012年10月12日。今までどこの病院にあの症状
(前回紹介した3つの症状)
を伝えても風邪と診断され、薬を出されるのみで検査もしてもらえないことが多かった。
そんなある日、父が「地元の病院でいいから診てもらってこい」(今までは隣の市の病院に行っていた)
(父のこの言葉がなければ発覚がもっと遅れていたかもしれません)
と言ってくれて母と病院に行った。僕としては、「また同じことを言われるだけだろう」と半ばあきらめていた。
そんな中その病院は、北海道の医科大学病院からの出張医しかいない病院だった。
その日いた先生の病院では、血液の病気(白血病など)の子供たちが多くいる病院で、僕が訴えた症状は比較的多い代表的なものらしく、すぐに血液検査をすることになった。

検査結果は、白血球が通常の約18倍という驚くべき結果だった。
医大(家から車で4時間ほどの場所)に今行くか、明日行くかと選択を迫られた。
その日の夜、親せきを集め家で焼き肉。 年の離れた姉たちやその旦那、子供たちを集めた。

2012年10月13日 入院一日目
小児病棟につくと、すぐに医者との話(ムンテラ)があり、部屋に案内され、採血、点滴(ルート)の確保
レントゲン検査が始まった。 熱は38℃台をキープ。抗生剤を投与され、尿酸を抑える薬と24時間点滴が始まる。
尿酸を抑える薬⇒大量の白血病細胞が死ぬときに尿酸が作られるため。
何がなんだが分からないまま色々なことが始まり、この時は不安でいっぱいでした。  
(でも親に心配をかけまいと元気なふりをして、落ち着いているふりをしていました。) 
(それでも親には、時々淋しいような不安なような顔をしていたと
後から言われました。)


書き込む際にチェックしますが、やはり誤字脱字や補足の足りない単語があるかもしれません。
意味のわからない単語があった場合レスで教えてください。

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知ってほしい 僕のこと、僕らのこと#2

入院する前に一体どのような症状で悩んでいたか、箇条書きですが紹介したいと思います。
① 足、脇腹(肋骨)腰の痛み
② 長引く微熱
③ 立ちくらみ、めまい  
僕の場合、大きく分けてだいたいこの3つでした。

①の症状は、体の太い骨の中にある「骨髄」と呼ばれる、血液の中にある血球(白血球や血小板など)
を作り出す機能を持った組織の中に白血病細胞が入り込み悪さをし、痛みが出るというものです。 この痛さが痛み止めや湿布など何をしても痛いのが収まらず、
一番といっていいほどつらかった

②の症状は、体の中の正常な白血球(体の中に入り込んだ細菌やウイルスなどの悪いものと戦ってくれるいわば兵隊)
と白血病細胞が戦っているためにでる体の反応です。僕の場合は、平熱が36.6℃程でこの時出ていた熱が37.2℃~37.8℃程の微熱が約一か月続きました。
体はだるいし、常に熱帯感があって熱い。 夜は必ずアイスノンを使ったり
ひどいときは、氷をタオルにくるみその条件で寝ていました。
(次の日の朝、親がベチョベチョのベッドを見て「あんた何やってんの」!?
と、めっちゃ怒られましたがそんな事を気にしていられる状態じゃありませんでした。)
③の症状は、白血病細胞が増えすぎて、正常な赤血球が作られず貧血になってしまうのが原因です。 家の仕事を手伝う時も常に頭痛とめまいで大変だった。
(親は、仮病と勘違いしてましたがww)


ご意見ご感想お待ちしています($・・)/~~~