無くすことが拾うためなら 別れるのは出会うため サヨナラの後にはきっと おはようが待っている どこかで必ず、また会えるさ
挫けそうだったこと 涙こらえたことも 試練だったといつか言える日が来る
俺たちは何十年後も友達だ 言わなくたってこれは決定事項なんだ
みんなは私が詩を書いているなんて知らない 何も考えてなさそう 気分屋だよね、猫みたい いつも元気で良いねぇ 私、A子に昔言われた事で傷ついたしむかついたんだぁ〜 私たちは卒業しても変わらないままでいようね A子には本音でぶつかり合える A子は. A子は.. A子は... 嘘だ 何にも知らないくせに
誰かが言った 力とは「自分が満足している今」を 守るためにある、と もしその「今」を守ったら いつもの日常が流れるかもしれない 誰かが言った 力とは「誰も満足していない今」を 壊すためにある、と もしその「今」を壊したら 新しい世界があるかもしれない 力とは 守るためにあるのだろうか それとも 破壊のためにあるのだろうか
誰かが悪になったから この世には善が生まれた 誰かが悪になったから 正しい道というものを証明できた 誰かが悪になったから 集団は団結することができた 誰かが悪になったから 今俺たちはただ真っ直ぐに生きていける ...この世に悪は必要ないのだろうか?
誰も否定しないなら俺が否定する 誰も肯定しないなら俺が肯定する もしそうやって"みんな"から孤立してしまっても いいじゃあないか 周りから批難されてもいいじゃあないか 形の無い"みんな"と呼ばれる集団や"周りの雰囲気"に振り回されることなく自分の信じた道を行けばいい それが正しい道なのだから
この世の命日=あの世の誕生日
1人は皆のために、皆は1人のために 1人は皆のために排除され、 皆は1人を排除する。 1人は集団の正義のために排除され、 皆は己を正義の存在とするために1人を排除する。 そんないじめが、今日も何処かの教室で起きている。 なんてね
世界に不幸がなくなったら 世界は幸福になると思いますか? それとも……… レスお願いします(´ ˘ `∗)