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甘え

 叔母が死んだ。享年三七〇歳。ずいぶん長生きしたものだ。
 叔母はわたしに金銭面でさんざん世話になっておきながらいつもわたしを小馬鹿にした口をきき、尊大な態度をとっていた。わたしが中年期にさしかかったころ。絶縁した。
 女性が男性に対して挑発的な口をきくのは男性に甘えたいという気持ちの裏返しである。つまりわたしの叔母はわたしに甘えていたのである。、預かった金を使い込んだり借りた金を返さなかったりしてもしれっとしていたわけが最近やっとわかった。わたしはわがままを許してくれる人だと考えていたわけだ。わたしの叔母は、究極の甘えん坊だったのだ。
 男女問わずふざけて挑発的な口をきくのは、甘えたいからである。弟や妹にそういうタイプが多い。わたしの叔母は末っ子だった。
 嫌われる人間ほど、自分は嫌われないと思っている。要するに甘えているのだ。嫌われる人間とは、甘えたやつなのだ。子ども時代に甘えられなかった反動というケースもあるだろう。
 だいたいわたしの一族はみんな甘えた連中ばかりだった。わたしも例外ではない。わたしも若いころは甘ちゃんだった。わたしの叔母も父も祖父母も妹も、甘えていただけだったのだ。甘えが行動に表れていただけだったのである。
 納得のいくこたえがやっと見つかった。すべては甘えだ。若いころのわたしの行動も、甘えによるものだったのだ。
 社会スキルが磨かれないのは甘えがあるから。甘やかされているからである。

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七夕祭り

 駅を出ると、いつも寂しい感じの商店街がカラフルに飾られ、賑わっているのが見えた。少し先を歩いていた彼が立ち止まり、振り返って言った。
「七夕祭りだ」

 むかし、織女という、まあまあ美しい娘がいた。織女の父は某大手企業のCEO。織女の母は、織女の兄には甘かったが、織女には厳しかった。織女は厳しい母から一刻も早く逃れたかったので、大学二年のとき、法学部の牽牛という男と結婚した。牽牛の実家は織女の家より格上だったから親も文句は言えなかった。それに織女はすでに身ごもっていた。
 子どもが小学校に入学するころ、大学時代の友人から、出版社の仕事をしてみないかと持ちかけられた。悪くない条件だったし、織女は幼少期から社会で自己実現したいと考えていたのでやってみたいと思った。牽牛に相談すると、猛反対された。牽牛の家は伝統的な金持ち。牽牛は、女性は家庭を守るもの。女性が家庭を守らなかったら家族は崩壊する。家族の幸せが持続的な成長につながる。家族が幸せだから財界は安泰なのである。といった考えにどっぷりつかっていたから、織女の考えが理解できなかった。
 この件をきっかけに、夫婦関係はぎくしゃくし始めた。ある日、孫の教育方針をめぐって姑と大喧嘩した織女は怒りにまかせ子どもを連れ、実家に戻った。
 織女と牽牛は離婚した。牽牛とは、年に一度、子どもの誕生日の七月七日に会う取り決めになっている。

「俺、昨日、誕生日だったんだ」
「そうだったね。おめでとう」
「何か、してくれよ」
「手、つないであげる」
 わたしは彼に手を差し出した。
 彼はわたしの手を握ると、商店街に目をやり、少し考えるような顔をしてから、「ちょっと行ってみる?」と言ってわたしを見た。
 わたしは黙ってうなずいた。

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自意識過剰

 利己的な人、利他的な人、どちらもほどほどの人、賢い人、そうでない人、クリエイティブな人、凡人と世の中には様々な人がいるが、ほとんどの人に共通しているのは自意識が過剰だということだろう。
 自意識が過剰でない状態というのは、重度の認知症で口をきくこともできなくなってしまったような状態をいうのだろうか。もっとも脳の中の状態は外からはわからないから何ともいえない。電気的に測定したところで本当に意識があるのかどうかは本人にしかわからないのだから。
 仏陀が目指したのは過剰な自意識を捨てるということだろう。つまり心の自殺である。なぜ過剰な自意識を捨てようとするのかというと、自意識が過剰だからである。
 人は過剰な自意識のおかげで後世に名を残したり、平凡なまま終わったりする。
 わたしはいままで自己などというものは存在しないと思っていた。人間は自分の意思で生まれてくるわけではない。意思というのは潜在能力と相互作用の産物であるから、自分なんてものはないのだと。
 だがいまふと気づいた。自己とは過剰な自意識なのだと。
 もしあなたが仮にコンピュータプログラムだったとしても、過剰な自意識がある以上、あなたはあなたなのだ。